Jablogy

Sound, Language, and Human

小泉文夫は民族音楽学学者なのか?

◆イメージのズレ

民族音楽」や「日本の伝統音楽」に関心のある人ならだれもが一度は参照する小泉文夫。一般にはテレビなどで「民族音楽」を紹介した仕事で有名ですね。

民族音楽」を研究している人なのだから「民族音楽学者」なのだろうと普通は理解するし、実際「民族音楽学者」と紹介されていることも多いです。

しかし、平凡社の『音楽大事典』における「民族音楽学」の定義をみてみると、

人類の個人から小集団、共同体、地方、部族、民族、国家、人種、全人類に至る様々なレベルの文化に見出される音楽表現ないし音楽文化およびその周辺事項を扱い、その中心的対象の内的構造(音楽構造)ばかりでなく、それぞれの社会や文化によって規定される外的構造(脈絡構造)をも解明し、さらにその内外二つの構造の相関関係を把握することにより人類の音楽性を文化的個別性と普遍性という二極間に位置づけながらその本質を解明しようとする学問である*1

とあります。簡単にいうと、文化や社会の文脈の中において音楽の意味や仕組みを理解していこうということですね。文化人類学的な音楽研究といってもいいかもしれません。

小泉の著作は、音階やリズムといった音楽の構造を五線譜で分析したり、古今東西の文化における音楽の楽理的な特徴を大まかに比較したりというものが多いですよね。なので、読んでいるとどうも上のような「民族音楽学」のイメージとは違っているように感じます。

こうしたズレは何に起因するのでしょうか?

小泉文夫の参照先=比較音楽学

答えは小泉が参照し採用している理論・方法論が現代的な「民族音楽学」ではなく、その前身である「比較音楽学」である、ということにあります。

「比較音楽学」という名称は、19世紀に「音楽学」がスタートする時、その下位部門として使われ始め、1950年代くらいまで使われ続けました。

比較音楽学の研究者たちは、諸民族の音楽の特徴を西洋音楽的な視点(音階論や多声性、リズムなど)から比較し、進化論的な視点から音楽の起源などの普遍的な音楽性を探りました。
クルト・ザックスとエーリッヒ・フォン・ホルンボステルによる楽器分類法やアレキサンダー・エリスのセント法は現在でも一般的に用いられている比較音楽学の成果です。

これだけの説明でもなんとなく、小泉文夫が参考にしていることはわかりますよね。

また小泉は日本民俗学の「基層」文化論を参考にしており*2、これも19世紀後半から20世紀初頭にかけての文化本質主義的な文化観・音楽観と通じる所があるように思われます。

◆比較音楽学から民族音楽学

1950年代後半から60年代にかけて、民族音楽学において民族誌的・文化人類学的転回とでもいうべき動きがみられます。

まずオランダのヤープ・クンストが50年代後半に「他の学問と比べて特に比較をするわけではない」としてEthno-musicology(民族音楽学)の名称を使い始め*3、非西欧の音楽を研究する分野の名称としてハイフンのとれたEthnomusicologyが定着していきます。

そしてアメリカのブルーノ・ネトルの『民族音楽学の理論と方法』*4やアラン・メリアムの『音楽人類学』*5において、社会的・文化的コンテクストにおける音楽研究という民族音楽学の研究法とパースペクティブが示されました。

こうした方向による研究が実を結んだものとしては、ジョン・ブラッキングの『人間の音楽性』*6やスティーブン・フェルドの『鳥になった少年』*7などがあげられるでしょう。彼らはいずれも対象の社会に深く入り込んでフィールドワークを行い、人々の生活や世界観と音楽との関わりを緻密に描いています。

という感じで、同じ頃に同じ非西欧地域の音楽研究分野であったにもかかわらず、方法論とパースペクティブの違いから、小泉文夫とはずいぶんと違った感じの語り口になっていると言えるでしょう。

◆まとめ

このように民族音楽学において同じ民族音楽(ethnic music, folk music)を研究するといっても、実際には比較音楽学的な人もいれば文化人類学的な人もいるのですね。

そもそも ethnic music といえば西洋音楽だって ethnic なものには違いないから、そのうち Ethnomusicology は接頭辞がとれて Musicology になるだろう、という見解もあります*8。エスニックな音楽といったらエスニック料理と同じで非主流でエキゾチックな文化というニュアンスがしてしまいますしね*9

また文化人類学的な音楽研究という傾向をはっきりさせるために、上述のメリアムの書名から「音楽人類学」という呼称を採用しようという立場の方もいます*10 *11。が、学問分野の名前としてはあまり広まっておらず、民族音楽学(Ethnomusicology)が日本でも海外でも一般的なようです。

というわけで、民族音楽学という言葉を見かけたら、どのあたりのことをさしてるのかなと、立ち止まって考えるようにすると、誤解が少なくなるでしょう。拙稿がすこしでも皆様の役に立てば幸いです。

*1:山口修 1983 「民族音楽学」 岸辺成雄編 『音楽大事典』 平凡社

*2:福岡正太 2003 「小泉文夫の日本伝統音楽研究 ―― 民族音楽学研究の出発点として」『国立民族学博物館研究報告』 28巻2号 pp. 257-295、http://ir.minpaku.ac.jp/dspace/handle/10502/3268

*3:Kunst, Jaap. 1955 Ethno-musicology. The Hague : M. Nijihoff

*4:Nettl, Bruno. 1964 Theory and Method in Ethnomusicology. New York: Free Press.

*5:Merriam, Allan, Paul. 1964 The Anthropology of Music. Northwestern University Press. (藤井知昭、鈴木美智子訳 1980『音楽人類学』音楽の友社)

*6:Blacking, John. 1973 How Musical is Man? The University of Washington Press. (ジョン・ブラッキング 1978 徳丸吉彦訳『人間の音楽性』岩波現代選書)

*7:Feld, Steven. 1982 Sound and Sentiment : Birds, Weeping, Poetics, and Song in Kaluli expression. University of Pennsylvania Press.(山口修ほか訳 1988 『鳥になった少年 ―― カルリ社会における音・神話・象徴平凡社

*8:水野信男 2002 「民族音楽の課題と方法」 水野信男編 『民族音楽の課題と方法 ―― 音楽研究の未来をさぐる』 世界思想社

*9:これについてはYahoo!百科事典の「民族音楽」の項が詳しいです(谷口文和先生のご教示)。 http://100.yahoo.co.jp/detail/民族音楽/

*10:櫻井哲男 2004 「音楽人類学試論」 根岸一美・三浦信一郎編 『音楽学を学ぶ人のために』 世界思想社

*11:この分野名をいち早く書名に採用したものとして、藤井知昭 1980 『民族音楽の旅―音楽人類学の視点から』 講談社現代新書 がありますが、方法論・パースペクティブ的に小泉文夫とほぼ同じであり、あまり民族音楽学的/音楽人類学的ではありませんでした。藤井はメリアムの翻訳者でもあるので不思議な感じがします。