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Jablogy

Sound, Language, and Human

菊地成孔・大谷能生 2008 『M/D ―― マイルス・デューイ・デイヴィスⅢ世研究』 エスクァイア マガジン ジャパン

study critique music Book

ジャズミュージシャン・評論家の菊地成孔大谷能生のコンビによる「ジャズの帝王」マイルスの研究本。『東京大学アルバート・アイラー』に続く東京大学教養学部での講義(2005年)をまとめたものに、その後行なわれたインタビューや雑誌へ寄稿されたエッセイなどを加え、かなりの厚みがある本になっています*1

詳しい経緯は知りませんが、エスクァイア マガジン ジャパン社の倒産に伴い一度廃刊になっています。現在は河出文庫から文庫版が出ているので、そちらの方が入手しやすいでしょう。中山康樹との鼎談も追加で上巻に収録されています。

目次

全体の要約はしないでおくので、目次を詳しく引用しておきます。

プロローグ 菊地成孔
凡例

第1章 マイルス・デューイ・デイヴィス3世誕生(1926‐1944)
|1| マイルス・デイヴィスの20世紀
|2| イースト・セントルイスのセンチメント
Skeches of Miles: 01 : マイルス、ティーンエージャー時代のポップス10選 大谷能生
Skeches of Miles: 02 : 「どの10年を使うつもりだ?」 菊地成孔

第2章 ニューヨークの速度とビ・バップ(1945‐1955)
|1| 都市/速度/スウィーツ
|2| パリのリュクスと青春の高揚/失望
Skeches of Miles: 03 : ヴァーノンの女前 高村是州×菊地成孔×大谷能生 マイルスファッション鼎談 前半

第3章 メジャー・デビュー、帝王の完成(1956‐1965)
|1| メジャー・デビューとオリジナル・クインテット
|2| アンビヴァレント・アメリカの1950年代
Skeches of Miles: 04 : 神々のモーダリティ
|3| “都市音楽”から“汎都市音楽”へ
|4| レヴォリューション/モードチェンジ
Skeches of Miles: 05 : 「純ジャズ理論史」は「マイルス理論史」たりえるか? 菊地成孔
Skeches of Miles: 06 :
 楽曲分析:《ソーラー》 
  リディアン・クロマティック・コンセプトによる《Solar》のアナライズ 布施明
  チャーリー・パーカーの語法とマイルス 濱瀬元彦

第4章 電化、磁化、神格化(1966‐1976)
|1| アコースティックからエレクトリックへ
|2| さらなる電化/磁化への道程
Skeches of Miles: 07 : ベルギー王立音楽院のビッチェズ・ブリュー 菊地成孔
Skeches of Miles: 08 : テオ・マセロの鋏の角度
|3| エレクトリック・マイルスの構造分析
|4| 『オン・ザ・コーナー』から引退まで
Skeches of Miles: 09 : すべては「本当の帝王の服」に向けて : 高村是州×菊地成孔×大谷能生 マイルスファッション鼎談 後半

第5章 帝王の帰還(復帰‐1991)
|1| 帝王のいない6年
Skeches of Miles: 10 : 悪童の深き友情
Skeches of Miles: 11 : ファーゼル・マイルス・デイヴィス : ケイ赤城インタビュー 1
|2| 80年代の感傷的な速度
Skeches of Miles: 12 : 多調性のブルース : ケイ赤城インタビュー 2
Skeches of Miles: 13 :
 楽曲分析:《デコイ》
  リディアン・クロマティック・コンセプトによる《Decoy》のアナライズ 布施明
  後期マイルスの半音階的充満 濱瀬元彦
|3| 帝王の退場、20世紀の終わり

エピローグ 大谷能生
スタッフ・クレジット
人名索引
フォト・クレジット

数字の付いた各章のサブカテゴリが一回分の講義になっていて、それを補足する形でSkeches of Milesというエッセイやインタビューが挟まれています。

このような構成になっているので、ひとつひとつ内容の要約をしているといつまでたっても終わらなくなりそうです。なので、菊地・大谷のマイルス観・ジャズ史観・ジャズ批評観など、テーマ的にポイントを絞ってまとめ、それから興味深かったポイントを列挙してみようと思います。

M/Dというタイトルの意味とマイルス観

まずはタイトルの意味から。なぞめいた記号のようなM/Dというタイトルですが、表紙や扉ページをよく見ると、本書のキーワードのなかにMやDの文字が含まれていることがわかるようになっています*2

そのキーワードとは以下のものです。

MODE MILES EDIT MYSTIFICATION DEWEY MODERNISM GEMINI DAVIS MUTE DIRECTION AMBIVALENCE 3RD

由緒ありげな名前

まず育ちのよい家系であることがすでにそのフルネーム“Miles Dewey Davis 3rd”から伺えます。貧しい出自をもつのがほとんどであったジャズ界にあってマイルスは例外的に「おぼっちゃん」であり、その王子様*3性、黒人ではあるが上流階級であるといった特異性はマイルスの生涯を通じて大きな影響を持ちます。

アンビバレンス(二律背反)

黒人ではあるが上流階級、育ちはよいが不良的なものへあこがれる、ビバップスタイルにあこがれるが得意としたのは旋律的・旋法的なスタイルだった、帝王としての名声と新しいスタイルへの激しい批判……といった相反する二つの要素を一度にもつ“Ambivalence”もまたマイルスを構成する元素の一つでした。

進化と革命とモード

そして一生を通じてつねに進化することをやめなかったとされるマイルスの“Modernism”はいかなるものであったか。それは意外にも革命(Revolution)ではなく、モードジャズにおいて旋法(Mode)やリズムをインタープレイのさなかで徐々に変化させていくように、その様態=“MODE”をすこしずつ変化させるというものではなかったのか。

また従来のジャズ批評ではまったく軽視されてきた*4彼の服飾=“MODE”も重要で、菊地・大谷は「モード [服飾の流行] についてわからない人間が、モード [旋法] についてわかるわけがないではないか」(p.11、ブラケット内引用者注)とまでいっています。これらは論理的には違うカテゴリに属するものですが、服飾もマイルスの音楽スタイルもモードジャズの演奏も、漸進的にその様態を変化させるものではないか、という点できちんとアナロジーとしては成立しているといえるでしょう。

ミスティフィケーション

また「俺は双子座(Gemini)なので俺が考えていることは誰にもわからない。オレのことがわかるのはオレだけだ」という、菊地・大谷がよく引用するマイルスの自伝の言葉からもわかるように、マイルスは“Mistificattion”(=韜晦・はぐらかし・神秘的でありつづけること)を習い性としていました。

指揮・指導・監督

そうしたマイルスは常に優秀な若手ジャズマンを起用しマイルス・スクールとよばれたのですが、彼らを指揮し指導(Direction)するあり方はどのようなものだったのか。

まったく無名なものを発掘してくるというとよりも、ある程度実績を立て始めた有能な若手をあつめて、その実力を発揮させ、かつ吸収(あるいは「かっぱらう」)するのがマイルスのやり方だったと菊地・大谷はいっています。

テクノロジーとマイルス

マイルスはテクノロジーの利用という点でもほかのジャズ・ミュージシャンとは一線を画す先進性がありました。フランク・シナトラが得意とした朗々と歌い上げるのではないささやくようなクルーナー唱法と同様のマイクロフォンの使用法によって、マイルスはハーマン・ミュート(Mute)によるバラードスタイルを確立しました。そしてテオ・マセロと組んでからは、彼のハサミによる編集(Edit)によってトラックにマジカルな効果をかけています。

このように、本書の主題のほとんどがこれらのワードの中に収まっていると言っていいでしょう。

ロールモデルへの「移入」「転移」

上のキーワードの他に菊地・大谷のマイルス観として重要なポイントは「ロールモデル」への「移入」および偉大なジャズマンへの「転移」でしょう。

「移入」

どんなミュージシャンでも「憧れたミュージシャンは誰ですか?影響を受けたのは誰?」という質問は定番だし、理解の基本となるものといえますが、菊地・大谷によるとマイルスは特に自分のスタイルのモデルとなる人物をはっきり定めていたようです。

幼少期にはハリー・ジェイムス*5、ハード・バップ期には前述のフランク・シナトラ、70年代のエレクトリック期にはジミ・ヘンドリクススライ・ストーン、80年代カムバック期にはマイケル・ジャクソンやプリンスといった、当代ナンバーワンのスター(でありかつ自分の趣味・志向に合うもの)に狙いを定め「移入」*6しようとします。

特にエレクトリック・マイルスと一括して呼ばれることが多い70年代以降のスタイルについて、モデルとした相手が誰であるかを考えると、ロック〜ファンク〜エレクトロニックなブラック・コンテンポラリーというスタイルの違い・変遷が明瞭に理解できるように思います*7

「転移」

チャーリー・パーカーオーネット・コールマンに対しては「転移」的な反応をしていたといえるように思います。

ビ・バップのスタイルとマイルスが元来もつモード的な感性があまり相性が良くなかったのではないかと菊地・大谷はいいますが、そのためパーカーには移入して真似しようとしても出来なかったのかもしれません。そのこともあってか、マイルスのパーカーに対する態度・発言はあこがれ・心酔している(菊地風にいえば「やられちゃってる」)感じがします。こうした態度は「陽性転移」といえるものでしょう*8

同様に真似出来なかったスタイルの代表がオーネットが旗手となったフリー・ジャズです。フリー・ジャズにおいてナスティな出自のミュージシャンたちが「革命」をもとめる姿勢は根本的には洗練された文化を好むマイルスの王子様性にはあいませんでした。そのオーネット・コールマンへの態度はパーカーとは反対に貶したり批判したりすることが多かったといいます。これは「陰性転移」と呼んでいいかもしれません*9

女性たち

マイルスは付き合う女性たちにも「移入」し、様々なものを吸収したといいます。特に彼自身が事故や病気でできないことのコンプレックスを代償するかのように女優や歌手・ダンサーといった芸術的な才能を持った女性に恋しました。

50年代にはフランスでシャンソン歌手のジュリエット・グレコと恋愛しました。60年代のエレガンスはダンサーのフランシス・テイラーから、70年代のロック/ファンクのセンスはベティ・メイブリーから、80年代における「セレブ」な態度はシシリー・タイソンから吸収したといっていいようです。

体調や音楽の調子が悪いときなどには、いまでいえばDV的に暴力をふるうこともあったといいます。それは隠しようもなくよくないことですが、他者に敬意を持ち、あこがれ、学ぼうとする姿勢は見習いたいものです。

そういえば、恋と憧れについては藤本萌々子さんが次のように言っていました。

また、つい自分をみてほしいとばかり考えてしまいがちなことについても。

ジャズ史観/ジャズ批評に対する姿勢

アゲインスト・オルタナティヴなジャズ批評

菊地・大谷は旧来的なジャズ批評の言説に対して、アゲインスト・オルタナティヴな語り口を模索・提唱してきたといえるでしょう。直接そうしたジャズ批評に対する「欠乏感」を語っているものとして『東京大学アルバート・アイラー 歴史編』での大谷能生の次のような発言があります。

ジャズに関してはある時期から批評が進歩してなくて、歴史的見通しも更新されてないし、実学的な側面からもまとめがないし、ジャズ・マニアの重箱の隅を突つくような感想と知識も経験もない、ただの印象だけで良いとか悪いとか言ってるような批評のどっちかしかなくて、もうね、そろそろきちんと整理しておきたいなー、ということはありましたね。
菊地成孔大谷能生 2005 『東京大学アルバート・アイラー 歴史編』 メディア総合研究所、p.258)

同様のことを菊地も感じており、状況的にニーズがはっきりあったと考えているのが次の発言からわかります。

最初にあって話したときにさ、俺と大谷くんっていうのは歳が十近く違うのにも関わらず、今流布されているジャズ史に何が足りないか。ってことに関する認識が完全に一致しててさ、お互い全然関係なくジャズを聴いてきてたのにそういった欠乏感ってのが一緒だったってのがポイントで、歳も環境も違ってんのに、でも『今はこれが欠けてる』って認識が一致したっていうことはさ、それは本当に客観的に見ても欠乏しているわけよね
(菊地・大谷、前掲書、p.259)

どんなものがかけていたかというと、たとえば音楽理論、ブルース、ダンスについての語りが必須なのにまったくなかったり、あるいは紋切り型だったりしたわけです。こうした欠乏感は、この本が出版された当時の私もかなり感じていました(スイングジャーナルとか「ジャズ入門」書とかそんなのばっかりだったように感じています)。それゆえに菊地・大谷の(すくなくとも批評面での)ブレイクは私にとっては大変喜ばしく、またごく自然にも感じられました。

スイングジャーナルについては『M/D』文庫版の中山康樹との鼎談でも言及されているようですね。

晶文社や『スイングジャーナル』の消滅が、マイルス研究、ひいてはジャズ批評を活発化した、というのはなるほど! という点です。「サラリーマンが趣味でジャズを聴いてコーヒー飲みながら『スイングジャーナル』を読むと、自分の想定内の教養のなかでわかりやすく考察がなされていて○×がついていて安心してジャッジできるという批評のあり方(菊地)」の消滅によって「いろんな窓が開いた(中山)」
(「石版!」http://d.hatena.ne.jp/Geheimagent/20110828/p2)

音楽研究との方向性の一致

このような傾向はただ菊地・大谷に限られたことではなく、音楽研究の分野でもそうした潮流ができているようです。たとえば以前、大和田俊之の『アメリカ音楽史』(講談社選書メチエ、2011年)を取り上げたとき、その本の批評的な傾向を次のように表現しました*10

『ニュー・ジャズ・スタディーズ』*11でも示された「社会的・歴史的変容重視、アフリカン・アメリカンの歴史重視/二項対立的人種観の回避、進化論的歴史観の否定、ミュージシャン神話の解体、メディアの機能に対する考察」といった視座を著者はとっていて、それにより議論が新鮮なものになっているといえます。

このニュー・ジャズ・スタディーズ的な視座において乗り越えの対象となっている、古い説明のタイプを知っているといっそう本書を楽しめるかもしれません。

例えば三井徹の『黒人ブルースの現代』*12や、ウィントン・マルサリス監修、ケン・バーンズ監督によるジャズ史ドキュメンタリーフィルム『Jazz』*13などがあげられるでしょう。

菊地・大谷がいわゆる「ニュー・ジャズ・スタディーズ」と呼ばれるアメリカの音楽研究をどこまで読んでいるかわかりませんが、この引用とほぼ同じことが『M/D』にもいえると思います。

『東大アイラー』でも『M/D』でも音楽の形式のみならず、戦争や恐慌や公民権運動といったコンテクストはきっちり押さえられていますし(社会的・歴史的変容重視)、マイルスにおける黒人性/白人性のアンビバレンスに対する視点も鋭いです(二項対立的人種観の回避)。

そして単純な「進化論的歴史観」を否定することの一例としては、モード・ジャズのあとにフリー・ジャズが発展したと通常の理解に対して、それらが同時に始まったことを指摘していることがあげられます(特に第2章の注(7)、p.118 にはっきり書いてあります)。

「ミュージシャン神話の解体」については、『M/D』においてマイルスをジャズの歴史を体現した天才として崇拝する言説への批判が随所にありますので、いくつか箇条書きにしてみましょう。

  • ジュリアード音楽院入学は「ジャズがクラシックより優れているのでマイルスがクラシックを袖にした」と解釈したい欲望からか、初めからニューヨーク行きの口実だったに過ぎないと考えられているが、果たしてそれだけか*14
  • エレクトリックマイルス一時引退期に行なわれた、マイルス・スクール卒業生らによるマイルス抜きの黄金クインテットの再現=V.S.O.P.は、サウンド的にはジャズ・ファンの志向に合うものであったが、マイルス信仰や進歩史観からすると完全にNGであるため、ジャズ批評はアイデンティティクライシスに陥っていた。*15
  • 「マイルスはつねに進化したというドグマが壊れるから」(p.637)などの理由で、80年代に一時引退から復帰した後のマイルスの音楽は軽視されているか、よくいって「判断保留」になっている。

「メディアの機能に対する考察」が大切にされているのは、マイクロフォンの活用によるハーマン・ミュートのスタイルやテオ・マセロによる編集が大きくクローズアップされていることからもわかります。

その他、批評的に優れた点

異なるジャンルというコンテクストを欠かさない点が菊地・大谷の語り口のよいところだと感じています。『憂鬱と官能を教えた学校』*16以降ではポピュラー音楽のリズムにおけるポリリズムの原型としてアフリカ音楽を論じていますし、『東大アイラー』ではジャズにとってのブルースやクラブ音楽が検討されました。『M/D』では特に60年代においてロックやファンク・ボサノバといったジャズと同時代にあった異ジャンルの音楽に対する視線が一定以上盛りこまれていて、各ジャンル史に分断されてきたポピュラー音楽の歴史に対して、新しい光の当て方をしていると思います。

従来のジャズ批評ととりわけ異なるのは音楽理論のフィーチャーでしょう。ジャズやポピュラー音楽の批評・研究では音楽理論的な分析が十分行われてきたとはいいがたく、その点、ジャズやブルースにおける理論的な特徴をクリアーに示した菊地・大谷の功績は大であるといえるでしょう。

熟練したジャズプレイヤーの中には、細かい誤りや説明のおおざっぱさに「あれは不正確だからだめだ」という批判をする方もいるようですが、こうした批評的なコンテクストを考慮すると、不正確さを許容した理由や批評における理論的な説明の価値も理解できるのではないかと思います。

ミスティフィケーションに紛らわせた本音?

不正確さといえば、菊地・大谷はどうみても厳密に正しいとは言いがたいかなり大胆な見立てやアナロジーを使ったり、学問的な用語を誤った用法で使ったりすることがよくあります。

ここまで彼らの論を優れたものとして賞賛してきましたが、これらの誤りは責められるべきことなのでしょうか?これについて菊地の前書きにおもしろいことが書いてあります。

本書の講義部分は、実際に我々が行った講義録と、私が追補した架空の講義録とが混在している。講義当時のミステイクなどがそのまま記録されている一方、捏造されたミステイク、さらに巨大なブランクなども挟まれている。言うまでもなく、我々には存在の確認もできない捏造ではない真性のミステイクも入っているに違いない、

著書のすべてがそうであるかはわかりませんが、少なくとも『M/D』においては、それらの誤りは意図的に行われているものがあるということです。

これは本書において随所に現れるマイルスのミスティフィケーションに範をとったものかもしれません。彼らが一貫して講義録の出版において一人称を「私」として記述しどちらの発言であるか判別できないようになっているのもこうした理由によるものかもしれないと推測してしまいます。

こうしたミスティフィケーションによって紛らわされているものの、上述した批評への思いというのはきっと本気であろうと私は解釈しています(同じ「欠乏感」を感じていましたしね)。

少々強い批判でもこうしたミスティフィケーションに紛らわせておけば角が立ちにくい、ということがあるのかもしれません。たとえば、『M/D』所収のコルトレーン論「神々のモーダリティ」の序文において、従来のコルトレーン像にそぐわない見方を提出しようとして緊張したために原稿が遅れて迷惑をかけたなとど冗談めかして次のように言っています。

コルトレーン神聖にして侵すべからず、といった風潮をつくり出した、昔のジャズ喫茶がぜんぶ悪い。という、手ひどい責任逃れと八つ当たりをしておきます

いままで述べてきたことからすると、これはおそらく本気だろうと思わざるを得ませんが、冗談めかしていることとどうとでも解釈できそうなところから、いわば反批判があらかじめ脱臼させられているといった風情ですね。それでいていいたいことは読者に丸ごと伝わってしまうという、なんともうまいやり方です。

その他興味深かったポイント

  • 高村是州との鼎談から
    • 幼少期に家族で撮った写真に写っている弟ヴァーノンのスーツは女前になっている。マイルスもイギリス風のはやりを反映した服である。このころから流行もののようでどこかマイルスだけ浮いている。
    • マイルスの服の色遣いは絵画的で、あまり自分の肌の色を気にしていない。
    • 普通「かっこいい」服は80%のコンサバティブな要素と20%の挑戦的な要素でできているものだが、マイルスは80%が挑戦である(p.585)
    • 70年代以降のマイルスのファッションは白人が黒人のファンクをまねしているような、デヴィッド・ボウイのような「グラム」を感じさせる
  • アフリカのポリリズムは全体を1として2や3で分割していく=微分的なあり方。対してインド音楽は2や3を基本にフレーズを積み重ねていく積分的なあり方をしている。これを西洋音楽に応用するとプログレ的な変拍子になる。コルトレーンはアフリカ的なリズムに適正的があったのに、インド音楽を手本としてしまったことで「統合できない分裂を背負い込んだ」(p.255-6)。
  • オーネットはプアなビートルズだった。「オーネット・グループは『初期はモッズ風のスーツ・ルック、のちにヒッピーになる』というコースまで含め、ビートルズとの類似性を指摘されるべきでしょう」(p.319-320)。
  • 「『生けるオーネットの亡霊』であるパンクジャズムーブメント」(p.312)。テオ・マセロのプロデュースによるラウンジ・リザーズは明らかにオーネットの落とし子(p.657)
  • 60年代後半にあらわれたマルチトラックレコーディングは「遅まきながらの、音楽の『映画化』と言える事態でもありました。カット繋ぎ、クローズ・アップ、ロング・ショット、モンタージュ、様々なライティングなどの技法によって、『映画』が『演劇』から遠く離れたメディアに成長していったことと同じような変化が、『磁化』というモードチェンジによって、この時期、音楽にもたらされたのです」(p.436)。これはベンヤミンの『複製技術時代の芸術作品』における議論と関係して興味深い。
  • 60年代以降見られるマイルスの「テイクゼロ主義」。レコーディングはテイクワンが一番新鮮でよいというのが一般的だが、マイルスはメンバーがまだ曲を理解しきらないリハーサルから録音してしまい、あとから編集・演出することでマジックをかける。
  • アフリカ的脱力によるリズム感を理解しないまま電化マイルスの曲をあつかった現代舞踊家に痛罵を浴びせている(菊地)。
  • 『In a Silent Way』以降、テーマ→アドリブ→テーマというモダンジャズのフォームは崩れ、テーマ抜きのインプロのみが楽曲となった。それにより、ファンク・ビートやラテンのリズムパターンなどが「単なる意匠ではなく曲を支える有機的な要素として『モダンジャズ』のなかに取り込まれることが可能となった」(大谷、p.473)
  • デイヴ・リーヴマンが『On the Corner』レコーディングのエピソードとして「キーを探りながら吹いた」と語っているのは「カマし」である(p.542-3)。
  • 民族的な打楽器が導入されたり、大人数でカオス的な音像になっていたりするためか、エレクトリック・マイルスはポリリズムであるとの認識が一般的だが、実際にはアフリカン・ポリリズム性は60年代の「黄金クインテット」期の方が色濃く、70年代ファンク期はそれほどでもない。
  • 「『ケイ・赤城と佐藤孝信のインタビューを世界中のマイルス研究家が行なわないのは完全な偏向である』という我々の積年の思いは、こうして [引用者注:NHKのマイルスドキュメンタリー番組の企画に両者のインタビューを提案することで] いとも簡単に(しかも自らの手によって)払拭されることになったのである」(p.7)
  • ケイ・赤城のインタビューから
    • ケイ・赤城がマイルスバンドに参加した80年代はメイド・イン・ジャパン製品の「良質さ」がアメリカを接見していた時代。赤城自身もそうした「メイド・イン・ジャパン」であると一般にみられていたという(p.626)
    • マイルス・バンドで音楽に飽きると言うことは許されなかった。飽きたら次に進め、というのはマイルスの教えであり、それに従って赤城はマイルスバンドを辞した。
    • マイルスと同様、赤城は上昇系のフレーズを好んだが、そのことについてマイルスは日本語の影響ではないかといった(p.629-30)。
    • 「僕たちはよくね、マイルスにはファミリーがいないけど、僕たちがマイルスのファミリーだと。思っていましたから」(p.634)

おわりに

長くなりましたが以上、『M/D』の感想とレヴューとノートでした。マイルス研究として、またジャズ批評として、彼らのファンのみならず広く読まれて欲しい本だと思います。

本書では難しいと感じる方は次の本を先に読まれると良いかと思います。
『憂鬱と官能を教えた学校 ―― 【バークリー・メソッド】によって俯瞰される20世紀商業音楽史』上・下(河出文庫、2010年)
憂鬱と官能を教えた学校 上---【バークリー・メソッド】によって俯瞰される20世紀商業音楽史 調律、調性および旋律・和声 (河出文庫 き 3-1) 憂鬱と官能を教えた学校 下---【バークリー・メソッド】によって俯瞰される20世紀商業音楽史 旋律・和声および律動 (河出文庫 き 3-2)

東京大学アルバート・アイラー―東大ジャズ講義録』歴史編・キーワード編(文春文庫、2009年)
東京大学のアルバート・アイラー―東大ジャズ講義録・歴史編 (文春文庫) 東京大学のアルバート・アイラー―東大ジャズ講義録・キーワード編 (文春文庫)

*1:776ページ。並の英和辞典などよりは分厚いw

*2:これもアナグラムに関心のあったマイルスへのオマージュかもしれませんね

*3:NHKでのマイルス紹介番組とそのテキストでの表現:菊地成孔 2007 「マイルス・デイヴィス ―― 帝王のマジック」 『NHK知るを楽しむ 私のこだわり人物伝 4-5月』日本放送出版協会。NHK教育、2007年5月8日(火)22:25〜、週一回、全四回放送

*4:というより視野に入ってなかった?

*5:白人ビッグバンドプレイヤー。後に「ラジオで白人がかかるとスイッチを切った」という発言に反して気に入っていたらしい。このあたりにも「カマし」やミスティフィケーションがあるといいます。

*6:菊地の用語で「ああ、この人のいいたいことはわかる」といった共感のあり方をする心的態度(菊地、前掲書、p.148)。精神分析でいう「同一化」に近いと思われます(斎藤環 2006 『生き延びるためのラカン』 バジリコ、p.236)。 

*7:本書ではあまり論じられていませんでしたが、ジェイムス・ブラウンとの関係がどのくらいあるのかも気になります。70年代のライブでキューを出してバンドをリードするスタイルなどは共通するように思うのですが。なによりブラックミュージックで一番売れていたのは彼ですし。おなじ菊地・大谷の『東京大学アルバート・アイラー 歴史編』(メディア総合研究所、2005年)でモードジャズとJBファンクの構造的な相同性については指摘がありましたが、両者の影響関係についてはわからないままでした。

*8:斎藤、前掲書、p.214

*9:斎藤、前掲書、p.214

*10:http://d.hatena.ne.jp/ja_bra_af_cu/20110706/1309983672

*11:宮脇俊文+細川周平マイク・モラスキー編著 2010 『ニュージャズスタディーズ ―― ジャズ研究の新たな領域へ』 アルテスパブリッシング [成蹊大学アジア太平洋研究センター叢書]

*12:三井徹 1977 『黒人ブルースの現代』 音楽之友社 [ON BOOKS (新書)]

*13:Burns, Ken. 2000 Jazz: A History of America's Music. Public Broadcasting Service. [日本語版DVD 2004 ジェネオン・エンターテイメント]

*14:ケイ・赤城が「マイルスは『オレはこれこれをジュリアードで学んだ』という話は絶対にしませんでしたから」(p.674)とは言っているけれど

*15:これに関連して、「エレクトリック・マイルスは帝王のご乱心であり、あれはモダン・ジャズの発展とは関係がないうえに、健全なモダン・ジャズ史を歪めた諸悪の根源だ。自分はそれを正す」(p.606)というウィントン・マルサリスマニフェストに賛同する歴史観をもったものも多いですが、それは一方で80年代以降のフュージョン期のミュージシャン――ブレッカー・ブラザーズジャコ・パストリアススティーブ・ガッドパット・メセニーなど――をジャズ史に位置づけ損なう要因ともなっているように思われます。

*16:菊地成孔大谷能生 2004 『憂鬱と官能を教えた学校 ――【バークリーメソッド】によって俯瞰される20世紀商業音楽史』 河出書房新社

*17:1999年に宝島社文庫からも出版されています。

*18:『Directions』の《Ascent》(や『In a Silent Way』も?)の詳しい楽譜が載っているとのこと