Jablogy

Sound, Language, and Human

S-Fマガジン [2011年8月号 特集・初音ミク]

先日文学フリマにて頒布されましたVocalo Critique Pilotの文献ガイドでも紹介した雑誌です。Pilotでは手短な紹介しかできなかったので補足を試みたいと思います。

S-Fマガジン 2011年 08月号 [雑誌]

S-Fマガジン 2011年 08月号 [雑誌]

本誌にも寄稿している尻Pこと野尻抱介氏のブログや、発狂する近況さんの記事が充実していて、私が重ねて詳しく紹介する必要もありませんので、興味深く思ったポイント・感想などを記しておこうと思います。

佐々木渉氏インタビュー

クリプトン社のVocaloid製品プロデューサーの佐々木渉氏のインタビュー。他所でのインタビューなどでも語られていますが、ミクの「つたなさ」や「はかなさ」はコンセプト上でもかなり狙っていたところだったというのが興味深いです。

そして、同人文化については詳しくなかったと言いつつも『エヴァ』は高校生でリアルタイム体験しその後のセカイ系の流行も知っていたといっています。このあたり、マンガ・アニメが基礎教養となった日本のすごさがあるようなw

また、90年代アングラカルチャーに親しみがあったそうで、「フリーキーなものが当たり前のようにまわりにあった」とのこと(p. 52)。さらにはフリージャズもお好みだったそうで、ボカロやニコニコのなんでもありなカオス感をうけとめる素養はこのあたりから来ているのかもしれません。

それから、ボカロを歌わせるのは「人が人を作る」という倫理的な抵抗感のニュアンスもあったとか、「ボーカロイドは声が出るので姿を連想する。テレクラの女の子も同じこと」(p. 52)などと声に関するアイディアも示されています。

内海洋氏インタビュー

セガ社のプロジェクトマネージャー、内海洋(Project DIVAや「ミクの日感謝祭」ライブのプロデューサー)氏のインタビュー。『初音ミクProject DIVA―』の開発裏話や初音ミクライブの仕事について語られています。

私が特に気になったのは内海氏がスタッフへの80年代アイドルの影響を語っているところです。実際の歌手を参考にするかという質問に対して内海さんはこう答えています。

そうですね、けっこうしますね。一番多いのはやっぱり80年代のアイドルです。結局、僕らもアイドルと一緒に生きてきているんですよ
(p. 58)

P名文化がアイマスから引き継がれたり、アイドル文化との想像力的な連続性が指摘されたりしていますが*1、実際にスタッフの方から影響があるときくと、なるほどやはりかとの思いを禁じえません。

泉和良「DIVAの揺らすカーテン」

ジェバンニPこと泉和良さんの短編小説。本誌の広告で知ったんですが、泉さんは単行本も出してらっしゃる小説家さんなんですね〜。内容紹介は上述の尻Pのブログからお借りします。

 泉和良さんの『DIVAの揺らすカーテン』はネット空間に存在する意識と実空間が相互作用したら、という仮構を持つもので、その相互作用のありさまがとてもやさしく、はかなげで胸を打つ。ボカロファンなら一度はこんなことを考えるのではないだろうか。

簡単に言ってしまうとネット上の集合意識的存在のミクさんが現実の僕らに恋をするお話なんですが、これはまさしく僕らが画面の向こうの二次元世界にいるキャラクターに想いを寄せることの鏡写しになっているんですね。

キャラクターの主観と私たちの主観を重ね・スライドするあり方は東浩紀が『ゲーム的リアリズムの誕生』(講談社現代新書、2007年)において「感情のメタ物語的詐術」と呼んだものに相当するのだろうと思います*2

濱野智史初音ミク、その越境するキャラクター的身体について」

 濱野論文はミクの強力なジャンル・島宇宙横断性を経済学で云うネットワーク外部性につなげて論じています。村上裕一『ゴーストの条件』と横断性に注目するという点で類似しているのが興味深いです。

全員に共通前提がありそのうえでサブカルチャーによってコミュニケーションのフィルターを掛ける時代から、細分化が進んで共通前提が失われ「島宇宙」化、「動物化」した現代。

そこで仮構の存在であるがゆえに境界を超えて各「島宇宙」をつなぐことができたのはミクを始めとした「キャラクター」だった、というわけです。

特に流行り始めのころに「どうしてそのように越境的であれたのか」についてはそれほどクリアでないですが、ミクの認知度という資本が創作者にとって作品を見てもらいやすくすること、利用者が増えるほど利用者自身の利益(ミクの認知やパブリシティ)が大きくなるという「ネットワーク外部性」がボカロやミクを使いたい理由の重要なひとつであることは、ニコニコユーザーの実感にもあうことですね。

こうして爆発的作品数を増やし、それにつれて、それぞれの作品、それぞれのユーザーによるミクイメージなどの、ミクの写し身も増えていきます。二次創作され続ける限り「死なない身体」というものが可能になるならそれを「繋がりの超越性」とよぶだろう、と濱野は論を締めくくっています。

時折取り沙汰されるボカロが感じさせる宗教性の要因を、その二次創作の越境性と数の多さにもとめられるというのは、コロンブスの卵のような発想の転換があって面白いです。

小倉秀夫初音ミクを縛るのは誰?――ボーカロイドを巡る法律問題」

著作権は同人文化においては身近な問題ですが、こちらではボーカロイドの音源データベースや声優さんの権利に関する法律の解釈が提示されています。ユリイカ・ミク特集でのキャラクターの著作権についての議論*3と並んで、UTAUクラスタや音源制作者さんが読むと面白いかもしれません。

中でもデータベースに声を録音することが法律上「実演」にあたるのか、それとも「口述」なのかなどによって、著作隣接権や実演家人格権の適用が変わりうる、というのは興味深いです*4。たとえば次のような一文があります。

読み上げの対象となる著作物及びこれに対する当該声優等の「自己の感性による理解」等を直接感得することができなくなる程に切り刻んでその「音声」が利用される場合(ボーカロイドにおける読み上げ「音声」の利用はまさにそのようなものである)には、実演の利用行為にはあたらないというべきであろう。
(p. 89)

音声の収録において声優さんが自分の感性と技量を発揮していると「実演」となり著作隣接権や実演家人格権をえられるそうですが、ボカロになってしまうとそうではなくなるかもしれないんですね。またこの通りなら人力Vocaloid著作隣接権や実演家人格権的にはセーフになるということでしょうか?w 専門的なことはあまりわかりませんが、法律的にもエッジな領域なのは間違いなさそうです。

野尻抱介「歌う潜水艦とピアピア動画」

個人的には本書で一番よかったと思います。さすがボカロ廃作家として名高い野尻先生と膝を叩くくらい面白かったです。一言でいえば、いろんなありえなさそうなことを実現してきたボーカロイド現象をそのまま描いたような物語、でしょうか。

鯨の音声コミュニケーションに魅せられた海洋研究者が潜水艦で鯨と「会話」して調査しようという企画を立て、一時は却下されるものの、ボカロを看板にたてることで各所がつながって企画成立にこぎつける。そしていよいよ調査に乗り出して……というような感じで物語は始まります。

企画が却下されたとき総産研の後藤が立案者の中野をなぐさめて「まあそう落ち込むなよ。宮崎駿も言ってたぞ。企画が通らなくたって、人生おしまいだなんて考えずに大事に引き出しにしまっとけって。いつか使うときが来るから」(p. 249)、といいました。これは『ラピュタ』の企画をリユースして制作されたという『ふしぎの海のナディア』のことですよね。潜水艦や鯨との会話がでてくるあたりもナディアをモチーフにしたのかな、と想像させます。

現実のボカロ・ニコ動文化を反映してるところも面白かったですね。ピアピア動画のコメは完全に「俺ら」でしたw

JAMSTEC始まったな
これは胸熱
レイ様海中ライブきた――ー!
(p. 253)

そしてどこにでもかならずボカロ廃がいて、プロジェクトの意義をがっちりつかんでボカロを導入していくのがまさにボカロ現象でした*5。ボカロの魅力にやられているのが漏れてるのも「あるある」な感じですw 例えば次のような感じ。

佐緒里 [主人公の恋人]
「あたしが好きなのは亞北リンなんだけどね」(p. 252)
海上自衛隊群司令
「かざしお [実験に使おうとしている潜水艦の名] だよ。あれにレイちゃ……小隅レイが乗って鯨と心を通わすなんて、夢があっていいじゃないか。海上自衛隊のイメージアップにもなるだろう。そう思わんかね?」(p. 254)
JAMSTEC西野領域長
「胸熱な展開じゃないか。最初からこうすればよかったんだよ。レイちゃんを神輿にかついでおけば関係者全員ハッピーになれるってわけだ」

物語の展開と結末については口を慎みますが、とても胸熱なエンディングでした。いつか続きが読めるのを期待しています。

*1:太田省一 2011 『アイドル進化論 ―― 南沙織から初音ミクAKB48まで』 筑摩書房

*2:「詐術」といっても別に悪いことだといってるわけじゃないです

*3:白田秀彰 2008 「初音ミクの二つの身体 ―― 存在するもの/想像されるもの」 『ユリイカ [2008年12月臨時増刊号 総特集♪初音ミク ネットに舞い降りた天使] 』 青土社

*4:門外漢なので勘違いかもしれませんが、意外に著作物・作品としてみられない可能性があるんだなという印象でした

*5:ちょうど今日見たascii.jpの記事でも、ローソンのどの支社にもかならすボカロに詳しい人がでてきて伝道師になっているとありました(http://ascii.jp/elem/000/000/646/646830/)