井手口彰典『同人音楽とその周辺』
同人音楽に関するほぼはじめての学術書であり、ボカロも扱われているということで注目していた本書をようやく一通り読み終えました。
- 作者: 井手口彰典
- 出版社/メーカー: 青弓社
- 発売日: 2012/02/22
- メディア: 単行本
- 購入: 3人 クリック: 60回
- この商品を含むブログ (5件) を見る
- 本書に関する読書メーターでの言及
- 井手口彰典『同人音楽とその周辺』― logical cypher scape
- 混乱の中で自由に音楽を語るために。『同人音楽とその周辺』- 本が好き!Book ニュース
- 安倉儀たたたの『音系同人道標』第2回 井手口彰典インタビュー(上) 「同人音楽/音系同人の現在地」
加えて、同人音楽に関心のある人向けに、著者自身による関連重要文献レビューが作られています。卒論などで同人音楽を扱ってみたいという人は必見の充実度です。
さて、関連URLをまとめたところで、以下に本書への自分なりのコメントをしてみます。
引っかかった点
アマチュア概念の広まり方
アマチュア論についての第7章。この章において著者は、アマチュアの概念がそのラテン語源の意味に近い「純愛者」のイメージで日本社会に広まっていると、指揮者の芥川也寸志や福永陽一郎の発言を引きながら位置づけています(pp. 224-5)。
しかし、私の感覚で恐縮ですが、アマチュア概念は一般にはそれほど広まっていないのではないでしょうか。むしろ福永の発言にある玄人には及びもつかない技量しか持たない素人、および(それゆえ)その芸では生計を立てられない人という意味のほうが一般的ではないかと。だからこそ指揮者や音楽研究者といったインテリがアマチュアとはラテン語のアマートルが語源であって……という説明をし、それが発見的に受け取られるわけで。
このようにいうのは言葉の広まりかたについてであって、その内実である「純愛」の抑圧、すなわちものごとに取り組むには純粋にその物事を愛し打ち込むべきである、という考え方自体は確かに広まっています。時としてそうしたイデオロギーが不純な動機をもつ参加者を排除しようとする力となって、場の自由を損ない、雰囲気を息苦しいものにしてしまう可能性があるというのもよくわかります*1。
ただ、そうしたイデオロギーはどうも「アマチュア」という概念・言葉を通じて広められているというよりは、芸術やスポーツそれ自体をなにか純粋なものとみなそうとする考え方にもとづいているように思われるのです。
参考になったポイント
同人音楽の歴史
なんといっても同人音楽という領域が成立するにいたる歴史的な経緯の整理はとてもわかりやすいものでした。アニメ・マンガの同人誌即売会の文脈からまず音系同人という音を使った(二次)創作的な分野があらわれ次第に同人音楽へと広がったことが、資料とインタビューの両面からしっかり示されているといえるでしょう。
作者の機能をも担いうるボカロ
第5章 現代的想像力と「声のキャラ」では、初音ミクを代表にVocaloidの特質が論じられ、伊藤剛らのキャラ論を下敷きに、Vocaloidは図像のみならずその声もまたキャラとして自律しているとされています。
声の次元におけるミクのキャラ化が技術的なブレイクスルーに直接もとづくのではなく、ニコニコ動画という舞台における連携が作用したことにもよるとの指摘は重要です。
また著者は増田聡による作者概念がもつ機能の分析を応用して、キャラと作者(P)との関係を考察しています。ボカロは仮想のキャラクターでありながら一種の独立したアクターとして生身の歌手と同様の役割を果たしつつ、特にその歌声を使用することが作品にとって本質的であるとみなされるような場合、「作品の産出に際し本質的な貢献をしたものを名指す契機である『帰属としての作者』」(pp. 184)の機能を担いうるという考察は得心がいきます。
妨げられないこと
本書の随所で言及され、特に終章にまとめられているように、著者は同人音楽の特徴を自由な創作が「妨げられない」という点に見出しています。この点はそうした文化の端っことはいえ参入し見聞している私としても納得・共感できるところでした。次のナガタさんのコメントがこのポイントを明確に捉えています。
本書で著者がもっとも強調しているのは、こう抜き出してしまうと呆気ないのだけれど、「妨げられない」ことの重要性です。「すごいもの」を求めるあまり、音楽の楽しみ方が硬直してしまうことに対比して、著者は同人音楽の環境における「妨げられない」ことの追求に注意を促しています。肩の力を抜いて、楽しむこと。…僕にはそれはそれでものわかりのいい大人の言い分のような気がして心情的に同意できかねるものはあるのですが、それでも理不尽な否定やルール決めから解放された所で自由に奏でられ、自由に味わうことができる音楽の素晴らしさというものを否定するのは難しい。本書は、同人音楽とその周辺で、何が自由になってきたのかを解説しているのです。
混乱の中で自由に音楽を語るために。『同人音楽とその周辺』― 本が好き!Book ニュース
これもひとつの事実でありつつ、二次創作の成果物に対する著作権やキャラ愛の名に基づくコミュニティ・ガバナンスなどの面において摩擦が生じている場面も目にするようになっていますし、あるいはニコニコ動画での創作が素人の楽しみではなく玄人の勝負の場になりつつあるといわれるのを耳にした人もいるでしょう。
「そうした見解の妥当性については今後も引き続き当該文化の観察を通じ検証が続けられるべき」*2と著者本人もコメントしているように、シーンの変化も含めた観察と考察が必要だと考えます。闊達で活発な創作(の連鎖)への希望をつなぐためにも。