Jablogy

Sound, Language, and Human

araihisaoさん評

Twitterで相互フォローしている@さんより「個人的にとても気になる投稿者の方がいて〔……〕恐らく全部自作だろうPV含めてどのように感じられるのか評されるのか、知りたくて」ということで依頼をうけまして、araihisaoさんというVocaloid/UTAU・Pの批評をやってみることにしました。

概観

ニコニコ大百科にまだ紹介ページがないので、どういう活動をされてる方かなどをざっと紹介し、作風を描写していきましょう。

araihisaoさんは2009年の10月から投稿を始め、ずっとコンスタントに作品を投稿し、現在167動画を数えるに至っています。

上のニコニコ動画のユーザーページには「はじめてつくったきょくです」とコメントが書かれており、デビュー曲あたりではあまり洗練された技法は使われておらず、メロディーにも8分音符以下の解像度がない感じなので音楽は初心者でらしたのかも。

巡音ルカ、AquesTone、有名なものからマイナーなものまで種々のUTAU音源と、様々な合成音声音源を使用しているのが特徴的。あまり音源のキャラクター性を生かした曲が見当たらないことから、楽曲に適した声色を選んでいるのではないかと思われます。

歌詞に関しては、聞き取りやすい調声ではなく字幕もないことが多いため、しっかり意味を把握するのは難しいですが、割りとダークな感情がテーマになっていることが多いようです。文体は歌謡曲的だったり、2ちゃんねるやはてなアノニマスダイアリー(通称「増田」)で赤裸々に体験談を綴るときの文体ににていたり。

映像の色使いに独特のセンスをもっていて、どぎつさを感じさせる色の対比や毒々しさがあり病的な印象をあたえるマゼンタや deep pink を必ずといっていいほど使う、などの特徴があります(奇しくもフミカ編集長のやおきさんもこの色をサイトや紙面に多用していますね)。例としてスクリーンショットを貼っておきましょう。


「青空」より


「泣きたい」より


「メモリーズ」より


「パーティクル」より

病的なものを感じさせる色使いに加え、歌詞の世界観や映像のサイケさからアウトサイダー・アートのような雰囲気が漂っています。アルバート・アイラーアウトサイダー・アート性を指摘した菊地成孔大谷能生の次の言葉を見てください。

アイラーの音楽って本当に〔ヘンリー・〕ダーガーと相性が良いように思います。統合不全感たっぷりで……
〔…中略…〕
あ、ちょっとまともに演奏し始めた。と、思ったらまた唄い始めた。みたいな、時折はまともに見えるっていうのも統合不全の症状です(笑)

菊地成孔・大谷能生 2005 『東京大学のアルバート・アイラー ―― 東大ジャズ講義録・歴史編』 メディア総合研究所、p. 172

こういう普通さと狂気や不思議さの共存がaraihisaoさん作の楽曲・動画の中にしばしば見られるように思いました。といっても厳密に精神医学上どうだというのではなく、そういう表現の特徴がある、ということです。見ている方も不安になってくるようなちょっと怖いあの感じ、ですね。

ひととおり特徴を紹介したところで、具体的に楽曲の中でその特徴がどう現れているかを見て行きましょう。

ピックアップ・レヴュー

なにせ160曲以上もあるので全部は聴けておりません。なので以下に取り上げた楽曲は、再生数や投稿日でソートして端に来たものなどを中心に、私が適当に目立ったのを勘でピックアップしたものです。ピンとくるのがあったら他のも探してみるといいかも?

ニコニコ動画】【オリジナル曲】能天気な神さま【NOLBA CODY】

ブルージーなシャッフル曲。味のある、ブルースのフィーリングをおさえつつもどこか奇妙なフレージングの訛りがあります。トラックは玄人っぽいのに、歌のタイミングはズレていたりフレージングがおかしかったりとどこか素人っぽさをみせ、両者の乖離がおもしろいです。

ニコニコ動画】【オリジナル曲】青空【碧音カガミ 舞音タツ】

シンプルなコードとごく普通の四拍子にのせてヘタウマなメロディーが載せられている。サビのブルーノートがどこか普通でなさを感じさせます。

歌詞が聞き取れないのですが、鳥のようなキャラクターが自由に空を飛ぶのを楽しみ、それを真似ようとした犬が墜落・溺死するも魂が空を飛ぶ、というストーリーのよう。人の世を離れて涅槃での自由を得る隠喩なのかな、と想像します。

ニコニコ動画】【UTAUオリジナル曲】泣きたい【香味せん♂ 香味ラッパ】

氏の諸作の中ではもっとも再生数が多く8000を超えている本曲は、働く社会人の孤独とストレスをぶちまけた歌詞が痛切です。

こういうテーマが共感を集めての高再生数だとしたら悲しいことですが……「俺らの歌」というタグに見られるようなブルースにも似た個人的なボヤキを歌わせる/歌ってもらうことができるのもボカロやUTAUの魅力ではありますね。

音色はデジタルだがローファイ。Aメロのレゲエ的なゆったりした4ドロップからサビではオールディーズっぽいズンタタズンタ♪というリズムに移行していて、重苦しい感情からやけを起こした激情へのダイナミズムを表現しているように感じられます。

ニコニコ動画】AquesTone - VOCAL SYNTHESIZER オリジナル曲 デジタルハート vocaloid - 無使用

シンセのサウンドにボンゴやクイーカ、特徴的なベースラインというラテンフレーバーがまぶされています。どことなくキューバのフォーク音楽ソンっぽい感じ――いやむしろソンが日本やアメリカで輸入されてルンバと呼ばれたものに近いでしょうか。人によってはそのスタイルを取った歌謡曲っぽいと思うかも。

氏にしては明るくあたたかい曲調。AquesToneの表情のない歌がかえってそう感じさせるのが不思議といえば不思議です。

【UTAUオリジナル曲】かたつむり【ただのレラさん さてまろ】

ウォール・オブ・サウンド(そのものではないかもしれないですが)的な分厚いサウンド。メロディーも伴奏も和声的には普通にシンプルな長調ですが、フリージャズ的にめちゃくちゃを弾いたようなクラスターフレーズやギターに強くかけられたフランジャーの波が怒りや狂気を表現しているようです。

歌詞はいじめ体験を一人称的に語るもの(作者の実体験かどうかはわかりませんが)。大変シリアスでディープな言葉が明るいメロディーで歌われるアンビバレンスはビリー・ホリデイの「奇妙な果実」を思い出させます。

ニコニコ動画】【オリジナル曲】一天地六【AquesTone2】ルカ

執筆時点での最新作。サイケデリックな映像が激ヤバで狂気を感じさせます。

私の好みとしては今回聴いた中で一番グッときました。70年代サイケデリック・ロックポスト・ロックにもあるような深く歪んだギターでのコードプレイがエモーショナルな狂気感を駆り立てる。「つかさ好きは病気」タグが好きだった人なんかにいいかも。

【オリジナル曲】パーティクル【骨津ノラ 海原ダイキ 何音シキ】ルカ」や「【オリジナル曲】ブレ岐点【サザ音ランド】巡音ルカ」でも感じましたが、平沢進の影響を受けているのかもしれないと推察したくなるようなサウンドです。

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以上聴いてきましたように、技術的にはランキング上位曲のような完成度はないのかもしれませんが、聴く人にインパクトをあたえる表現ではあると感じました。

商業音楽で時折聴かれるような、商品としてうまくまとまってはいるけれど当たり障りの無い無難なだけの作品よりはずっといいなと私には思えるのですが、いかがでしょうか。よかったらみなさんも聴いてみてくださいませ。

それではまた。