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Sound, Language, and Human

マルセル・モース 『贈与論』

Book anthropology

【書誌情報】

  • マルセル・モース 2009 『贈与論』 吉田禎吾・江川純一訳、ちくま学芸文庫 (Mauss, Marcel. 1923 “Essai sur le Don : Forme et Raison de l'Échange dans les Sociétés Archaïques.” L'Annee Sociologique, seconde série.

贈与論 (ちくま学芸文庫)

贈与論 (ちくま学芸文庫)

本書は社会学・人類学の祖のひとりデュルケムの甥であり薫陶を受けたマルセル・モースによる文化人類学の古典の一つ。最近では内田樹が本書を引き合いに出して「贈与経済」というタームを使っているのを目にしますね。『Vocalo Critique』vol. 06では芝尾幸一郎さんが「CGMは儲からない」と題してニコニコ関係の活動を贈与として捉えようと試みています。

本書においてモースは贈与を「〈全体的〉社会現象」、すなわち宗教・道徳・法律・経済などの部分に還元されない、同時にそれら全てであるような社会現象として論じ、贈与をすること・それを受け取ること・それに返礼をする義務が生じていることを描き出しています。私が読んだ限りでは、そうした現象がなぜ起こるのかについての説明までは、本書ではなされていないようです。

何かをもらったとき貰いっぱなしでは済まないような「負い目」が生じるのは誰もが感覚としては持っているでしょう。聴き専・見る専が製作者に対して(あるいは批評家や研究者が芸術家に対して)感じるある種の引け目というのは、おそらくここに起因するところもあるように思えます。

しかし、いざどうしてそうなるのかと考えるとわからなくなりますよね。なので本書に「なぜ」も書かれているとよいなと期待したのですがそれは Further readings にあたらなければならないようです*1。さしあたり、後に贈与論を応用して外婚制を女性の交換という観点から論じたレヴィ=ストロースのように、交換が社会的なコミュニケーションを産むことに注目するのが次の一歩なのでしょう。

さて、引け目というとき、そこには受け手と送り手の間で非対称性が生じています。贈り物というと相手のことを思いやってする純粋な行為のようなイメージがありますが、本書での贈与はむしろ権力や名誉と結びついています。

アメリカ北西部の先住民が行う「ポトラッチ」は「競争と敵対の原理」に支配されていて (p.29)、時に自分の財産を尽く破壊するなどという浪費を祝宴のうちにおこなうのも、相手に返礼を期待しないという態度を見せるためであったりする (p.100)。

事例により程度の差はあれ、こうして「気前の良さ」を示しすことによって、贈り主の立派さを確立しようとする働きは広く見られますが、私達の身近にもそれは存在すると思われます。

例えば、デートでどちらがおごるかに関して「男のほうがおごるべき、いやそんなの古い」などとヒートアップすることもありますが、その理由は奢ることが威信にかかわることがらだと肌で知っているからでしょう。

ニコニ広告やソシャゲのガチャで、時に祝祭的なムードが生じ、何万円つかってやったと自嘲しつつも誇らしげに語るすがたが見られるのもこの贈与による威信の表現と関係がなくはないように思われます*2。このあたり、ブランド物をみせびらかすような「象徴的な消費」とどう区別するべきかわからなくなってきますが。

こう書いていると虚栄的な側面ばかり強調されてしまいますし、こちらの「『贈与経済』について、勘違いされやすいこと」という記事にもあるようにバラ色のことばかりではないのですが、贈与を行えるだけのしっかりした地位を社会で得られている「ひとかどの人間」であると祝祭のムードにおいて感じられるのは人として幸福なことでもあるでしょう。例えば、お金はかかっても立派な結婚式を開いて多くの人をまねき、祝福されるように*3内田樹やモース自身が贈与の重要性を強調するのもそのあたりに理由があるのではないかと思われます。

そのように豊かな贈与を行うためには経済的な基盤は贈与の以前に確立されていなければならないわけなので*4、失業の問題や税による再配分をどうするかなどを議論する経済政策の問題と贈与とを同じ論理レベルで扱ってしまうのは適切ではないのだろうと思います*5

 ***

あまり長くなってもあれなのでこの辺にしておきますが、他にも古代ローマなどで、物がもとの持ち主の一部でありつづけ、それ故に人格を持ち時に「喋る」とされることを紹介し、所有物が人格の一部をなすことを指摘するなど、興味深い事例・論点がたくさんありました。古典とされるだけあり、非常にthought-provokingな一冊だと思います。

余談

*1:Wikipediaの「互酬」の項目にある文献あたりが参考になりそう? http://ja.wikipedia.org/wiki/%e4%ba%92%e9%85%ac

*2:自分の所属するチームや界隈の勝利のためにお金や課金アイテムを湯水のようにつぎ込むのは氏族間や家族間でされる贈与、「全体的給付」の一つかもしれない

*3:ちょうどこんな記事が: <生活保護受給者>「冠婚葬祭出ず」7割…民医連調査 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130509-00000078-mai-soci 贈与を行うことができないのは辛いですね

*4:本書に登場する競争的な贈与を行うもののは多くは貴族階級や支配者である

*5:なので、テクニカルタームとしては存在する(http://en.wikipedia.org/wiki/Gift_economy)ものの、「贈与経済」という語を経済の一変種であるかのように用いるのはミスリーディングであると思われる