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Sound, Language, and Human

冨田恵一 2014『ナイトフライ ―― 録音芸術の作法と鑑賞法』DU BOOKS

ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法

ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法

ドナルド・フェイゲンの名盤《The Nightfly》を70年代~80年代のトレンドの中に位置づけつつ,全楽曲のすみずみにいたるまで分析し尽くした労作。音楽作品を論じた著作としては,菊池=大谷のもの以来はじめて,これぞというマスターピースに出会えた。譜面や理論を使わずともここまで粒度の高い言語化が可能なのだということを例証してくれているようで,読んでいてエンカレッジされる思いがする。

「録音芸術の作法と鑑賞法」という副題から伺えるように,レコード・楽曲がいかにして制作されるか(詩学),楽曲がどのような構造を持っているか,それがどのような印象をあたえるか,を描き出している。すなわち,その音の記述において,ナティエのいう「創出/中立/感受のレベル」がきちんと区別されているように感じた。著者がナティエをお読みでないとしたら,ちゃんとセンスのある人ならばそれらレベルを混同せずに済むものだ,ということになろうか。

著者が解き明かしてくれる音楽のマジックのひとつが「無意識」の作用だ。すなわち,音として鳴ってはいても意識にのぼってこないバックの音や,数ミリセカンドの微細な調整の積み重ねが,楽曲全体のもつ雰囲気やフィールを左右するというのである。ジャズドラムにおいて,バスドラムのフェザリングやブラシのスウィープなどのように,聞こえない音をあえて出す理由が納得できた。

さらなる方法論上の課題を考えてみるならば,スラングやフォークタームを記述・分析に使用することの是非であろうか。本書では例えば「サビ」「16ビート」などといった,俗に使われている用語を用いて分析が行われている。俗語だけに,内包は厳密に定められておらず外延もどこまでと線を引きづらい。また欧米の人々との用語や意味のズレも出てくるはずである。スラングの使用は便宜的ものと割り切る,分析対象の側がもっている概念にそって考える,などの反省的視点があるとなおよいのではないだろうか。

また,専門用語が多いため若干敷居が高いのは致し方ないところか(想定する読者層にあわせて前提とする知識の水準をコントロールすべきなのはどのジャンルの書物でも同様であろうけれど)。とはいえ,音楽好きを自認できる人なら,多少わからないところはありつつも読みこなせるレベルのはずである*1。音楽をいかに言語化するかという課題に関心のある向きにはぜひ一読を勧めたい。

*1:2017/05/24追記:円堂都司昭が『ソーシャル化する音楽』(青土社,2013年)で菊池=大谷流のポップアナリーゼが普及することの困難さを論じていたが,本書のような方向が解決へのひとつの道であるかもしれない。