Jablogy

Sound, Language, and Human

ファンキー末吉『平壌6月9日高等中学校・軽音楽部:北朝鮮ロック・プロジェクト』

2006年から足かけ5年間,ロックがほとんど知られていなかった北朝鮮の高校生たちにそれを伝えに行くファンキー末吉氏(ex.爆風スランプ)。90年代に中国へ渡り現地のロック事情を熱い筆致でドラムマガジンにレポートしていたのをよく覚えているが,北朝鮮でも活動されていたとは。

中国でも北朝鮮でも,社会システムのしがらみを超え,音楽の力で人の自由なあり方を引き出す姿は感動的であり,これぞロックと呼びたくなる。

氏が経験した生徒たち一人ひとりとの顔が見える距離でのつきあいは,レヴィ=ストロースなら「真正な関係」とでも呼ぶのではないだろうか。けいおん!やユーフォや君嘘や坂道のアポロンと同じように,北朝鮮の高校生にも友との諍いやリーダーの苦悩があり,新鮮な音楽への憧れがあり,弾けないつらさがあり,達成の喜びがあるのだ。

こうした姿を本書を通じて知ることは,東アジアの情勢が急速な変化を見せる今,北朝鮮を一面的な理解からデモナイズしがちな私達にとって大きな意味があると思われる。音楽ファンのみらず幅広い読者に一読を薦めたい。

余談だが,氏のドラム演奏だけにとどまらないソルフェージュやプロデュースの能力も改めてすごいなと。確固たる相対音感をもって楽器なしでアレンジを譜面に起こし(p. 40),全楽器の指導をしつつレコーディング作業までこなすドラマーというのはプロでもそうたくさんはいないのでは。

また,まったく異なる常識をもった相手であっても,自分の常識を押し付けるのではなく,相手の社会の文脈において気持ちや考えを理解しようと努め,自らの社会や文化について考え直す一助としている姿勢は,ナチュラルに文化人類学的だなと感じた。

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日本が経済制裁を強調する一方,中国ほかの外国の投資によって平壌はどんどん豊かになっていったことが現地の目からは明らかだったようであるというのも,今年に入っての急激な雪解けを思い起こせば大変納得感がある。日朝の関係悪化によってその後の再会は果たせていなかったらしいけれど,このまま関係改善が薦めばまたチャンスもあるのかもしれない。皆にとっていい結果を星に願おう。