Jablogy

Sound, Language, and Human

卜田隆嗣『声の力:ボルネオ島プナンのうたと出すことの美学』

声の力―ボルネオ島プナンのうたと出すことの美学

声の力―ボルネオ島プナンのうたと出すことの美学

 インドネシアボルネオ島の狩猟採集民プナンが歌うシヌイという「うた」に関するエスノグラフィ。
 カミ/精霊の力(に関係したもの)を取り入れ,体のなかで人の力と結びつけて外に出すという構造をもつという点で,プナン社会においては排泄することとうたうことが同一の地平にあるものとされる。そして,出すたびごとの一回性にもカミの力が働くとされ1,それぞれの細部が批評の対象になる,という一種の民俗美学を描き出している。
 文化的脈絡に音楽を位置づける民族音楽学の研究としてプロトタイプ的なもののひとつといえようか。

 排泄についてもうたについても考え方が全く異なる人びとの実践を,当の文化における捉え方にしたがってここまで整合的に解釈できている――著者も当初は自分が持ち込んだ枠組みを使おうとしてしまっていたと記しているが――のは人類学系の著作として好著と言ってよいと思われた。

 また,著者がそうした感じ方にたどり着けたのは,ある夜に神がかり状態になり,自らの体にカミを感じとって,無意識に歌をうたったという経験を経てのことだそう(p. 202)。その体験や現地の人の言葉によって著者が得た〈目で見たものだけでなく,視覚以外の五感をしっかり使うことが異文化の理解に肝要である〉という示唆は今日でも有益だろう。

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 個人的な事情だが,精華大の谷口先生におすすめ頂いて読むべきリスト上位に入れながら長いこと積んでいた課題だったので,ようやく消化できてよかった。民族誌的な著作としてはコンパクトでとっつきやすいサイズなので(読者としてはありがたいところだ)もう少し早く手にとっていればよかったかもしれない。

 


  1. おならを長くきれいに鳴らすのにも身体感覚による筋肉のコントロールと偶然性とが働いて生じるある種の即興性についての説明がある(p. 140)。即興が自分の力を超えてなぜかすごくうまくいってしまうときのあの感じをプナンの人たちはカミの力と表現している,あるいはそう感じ取っているのではないか,と想像された。