ハワード・S・ベッカー『完訳アウトサイダーズ――ラベリング理論再考』
ベッカー,ハワード S. 2011『完訳アウトサイダーズ ―― ラベリング理論再考』 村上直之訳,現代人文社
(原著:Becker, Howard Saul. Outsiders: Studies in the Sociology of Deviance. New York; Free Press, 1963 [New Chapter: New York: The Free Press, 1966.])
長らく課題本リストにあった本書をようやく読了。
社会学における逸脱論・ラベリング理論の古典としてよく知られた本だが,訳者はそれらを越えていくポテンシャルを本書に見出しているし,著者本人も「ラベリング論というこれまでのラベル」(p. 176)を返上しようとしているとわかる。
ともあれ,逸脱者に本質的な性質や原因を見出さず,社会的な相互作用によってそうしたカテゴリーが形成されていくと捉える本書の姿勢は,障害や病気における個人要因から社会要因へと注目が推移していった,その先駆けともいえるのかもしれない。
さて,本書で逸脱者として主に研究の対象になっているのがマリファナ使用者たちとジャズミュージシャンたちである。
第6章はシカゴ麻薬調査会のスタッフの一員として行った調査に基づくものであり(p. iii),「この調査は,国立精神衛生研究所の資金援助の下に,シカゴ地域調査計画の一環として組まれた」とのこと(ibid.)。 麻薬が広く根を張っていたビバップ全盛期の時代性を感じさせる背景事情だといえよう。
20代の学部生でありながらプロのミュージシャンとしてジャズシーンに身を置き,本書の元となる参与観察を行った(この点で民族音楽学的ポピュラー音楽研究の走りともいえそう)という著者の才能にも驚きと羨望を禁じ得ない。
そうした著者のフィールドワークにより,プロとして稼ぐミュージシャンにはヒエラルキーがあること,徒党(ルビ:クリーク,pp. 106-16)というミュージシャンに仕事を斡旋し,その腕を保証するインフォーマルな人的ネットワークがあること,仕事を得るにはそこでのコネが重要で,ヒエラルキーを上昇するにもいいバンドにツテが必要であること,などが報告されている。
多くのミュージシャンがインタビューで語っている内容を通じて,そんな風なのだろうなと想像していたことが,きちんと調査で確かめられていると知れてよかった。1
ほか,マジョリティ側からラベルを貼るだけでなく,逸脱者の側も,業界用語を使ったり,一般人を「スクエア」であると規定したりすることで,自分達は一味違う者なのだとポジションづけする様がよく描かれている。なるほど,インタラクショニストな社会学の嚆矢とする訳者の評にも頷けるところである。2