Christopher Butler, Modernism: A Very Short Introduction.
Butler, Christopher. Modernism: A Very Short Introduction. Oxford: Oxford University Press, 2010.
定評ある入門書シリーズの一冊。文学・絵画・音楽など1909-39時期の芸術一般に見られた潮流としてモダニズムを位置づける。
この意味での用法は知恵蔵の解説1が簡潔にして要を得ていると思われるが,そうした斯概念の輪郭がわかるようになったのも本書を読んだおかげである。
まず『文化の窮状』2で論じられていた「民族誌的シュールレアリスム」的な思潮はシュールレアリスムにかぎらずモダニズム全体にあった傾向なのだと改めて認識した。ジャズがあらゆる民族音楽を吸収していくのはそういう文脈でもあるのかもしれない。
進歩を示すには過去との差異が見える必要があり,モダニスト作品はアルージョン(引喩)やパロディによってそれを形成しているという(p. 9,15)。
もしやジャズのアドリブで引用が好まれるのも,一部はモダニズムからの影響があったりするのだろうか。エラ・フィッツジェラルドが,ブレヒトの『三文芝居』からの楽曲〈Mack the Knife〉をベルリンライブで歌ったときに,ルイ・アームストロングのものまねで観客を湧かせた例など,まんまその文脈に見えてしまう。
テクノロジーや形式論理への傾きについても有益な情報を得られた。
ヘーゲル゠マルクス的な歴史の進歩を至上とし,社会解放へ向かう意識の本質が哲学・理論・技術的な言語によって明らかにされ始めていると考えるユートピアンな伝統に立つ芸術家たち(デ・ステイル,バウハウス,シェーンベルクなど)は,通常の言語を浄化してより論理的・科学的にしようとする哲学者を好んだ(p. 91)とのこと。
『フィルカル』編集長の長田怜氏によれば,バウハウスにはカルナップが講演に行ったこともあるらしい3。
そうした記号・形式論理重視の傾向と相同なものをビバップにおけるコードシンボル使用,和音の細分化などに見出し,ジャズを「一番最後に来た『モダニズム』」と捉えたのが菊地・大谷の東大講義4なのだった。
そもそも私がこの Modernism: A Very Short Introduction. を手に取ったのも彼らの立論に興味があったからだが,読み終わった今振り返ると,本当にモダニズムというものがテーマな講義・著作だったのだと実感される。
菊地・大谷は主に和声の面からジャズのモダニズム性を論じたわけだが,個人的には,拍を数学的にグルーピングしたり,セットのパーツ間を機械的に移動したりする,マックス・ローチの幾何学的なドラミングスタイルこそ,そうした論理性・テクノロジーと通底するものがあるように思えている。いつか詳しく論じてみたい(という気持ちだけはある)。
- 井上健「モダニズム(もだにずむ)とは?」2007年,コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%83%A2%E3%83%80%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A0-142437↩
- Clifford, James. The Predicament of Culture: Twentieth-century Ethnography, Literature, and Art. Cambridge: Harvard University Press, 1988. (ジェイムス・クリフォード 『文化の窮状――二十世紀の民族誌,文学,芸術』太田好信ほか訳,人文書院,2003年)↩
- 「分析哲学」の使命は”論理の明晰化”にあり – 『フィルカル』編集長・長田怜氏 | academist Journal https://academist-cf.com/journal/?p=10930 。ほか,ウィトゲンシュタインが設計した建築がいかにもモダニズム建築といった様式であるそうな。↩
- 菊地成孔・大谷能生『東京大学のアルバート・アイラー――東大ジャズ講義録・歴史編』メディア総合研究所,2005年,p. 58。↩