• 沼野雄司 2021『現代音楽史――闘争しつづける芸術のゆくえ』中公新書
20~21世紀の芸術音楽と歴史の流れを描く書。社会状況・思想・時代精神という文脈に音楽・作曲家を位置づけて作品やパフォーマンス,事件の意味を明らかにする。ストーリーの整理がよく文体も硬すぎないので読みやすい。
これらの点で,同じ中公新書の岡田暁生『西洋音楽史』に近いスタイルかもしれない(タイトルの形式が似ているのもその故?)。岡田本が20世紀で終わっていて現代音楽にはあまり紙幅を割けていないから相補的でもあるかも。
また,歴史的・社会的文脈に応じて生まれてきた価値基準に照らして,著者の好みも加味しつつ,作品や演奏の分析・価値づけ=批評を行っており,鑑賞ガイドとしてもありがたい。
特に70年代以降における芸術音楽の動向や面白そうな作品を多く紹介してくれており,現代音楽史を紹介するよい類書がほとんどなかった(p. 267)という中,私も含めてシェーンベルクやケージで現代音楽観が止まっている人のアップデートにもってこいなのではないかと思われる。
政治や芸術の思潮を紹介し論じてくれているので,芸術音楽に関心のある向きだけでなく,ポピュラー音楽ファンにも参考になる部分が多い。
とりわけジャズに知的な関心を抱いている層には,20世紀という同じ時代にどのような時代精神・時代の要請があったのか,それに芸術音楽がどのように答えたのかを知れるという点で,大変参考になると思われる。
関連して,現代音楽と他芸術ジャンルのモダニズムとの関係についての記述から小さからぬ示唆を得られた。
抽象画とモダニズム建築は「極限まで機能を突き詰めた時,美は自然に生じる」(p. 123)ものであり,ルイス・サリヴァンはそれを「形態は機能に従う」(ibid.)と表現した。これについて著者は「装飾や物語性を排し、個々の風土や環境を越えた普遍性・合理性を追求した彼らの姿勢は、セリー音楽とも共通するものだ」(ibid.)と評している。
また,グリーンバーグのモダニズム論と照らしてもセリー音楽はモダニズムと呼べるという。グリーンバーグによれば,メディウム・スペシフィティ追求とは余計なものを剥ぎ取ってメディウムの特徴を純粋に取り出すことであり,絵画においては「平面」が残る。それを顕に示す表現主義こそモダニズムである,とグリーンバーグは位置づける(ibid.)。
とすれば、まさに機能によって形態が決定され、相互の音の関係性のみが裸で前面に露出するセリー音楽を、モダニズムの名で呼ぶことは十分に妥当だろう。(pp. 123-4)
Christopher Butler の Modernism: A Very Short Introduction. を紹介した記事1で,菊地゠大谷が論じたモダンジャズのモダニズム性に関して斯書が持ちうるインプリケーションに言及したが,本書のこの箇所もまた関連する議論の重要な1ピースとなりそうである。
実験的とされる試みも芸術音楽で先行しているのがしばしばであると本書を読むことでわかる。私を含むポピュラー音楽のリスナーはそうした試みについて知らない場合が多いと思われるので,そこのところも勉強になるだろう。
現代音楽自体がポピュラー音楽へ寄っていっているところもあるそうで,それもまた興味深い。グルーヴやマイクロタイミングなどが芸術音楽の要素になったりする日も来るのだろうか(というかいままでリズムが軽んじられすぎじゃないか,などとも)。
今回はまず通読することを優先して音源の聴取には手を出さなかったけれど,著者も言うように,昔はアクセスが困難だった現代音楽もいまでは YouTube や Naxos Music Library で聴くことができる(p. v)ので,そのうち音源を聴きながら読み返したいところである。
- 当ブログ 2023-05-27,https://ja-bra-af-cu.hatenablog.com/entry/2023/05/27/003417↩






