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佐々木俊尚『キュレーションの時代 ―― 「つながり」の情報革命が始まる』

twitter上などでご活躍のメディア・ジャーナリスト佐々木俊尚氏が「キュレーション」という概念を紹介している本。ボカロや音楽を論じる言葉を考えていく上で有用と思いますので取り上げてみます。

キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる (ちくま新書)

キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる (ちくま新書)

本書では日本社会におけるイデオロギーと情報の質・量の変化という大きなテーマのもと、ソーシャルメディアによる情報革命が論じられ、そこにおいてキュレーションという言葉が鍵になっています。

とはいえ、全部取り上げるのは大変なのでキュレーションという言葉の理解に必要なエッセンスだけ取り出すことにします。

定義

まずキュレーションの定義から。

キュレーション【curation】
無数の情報の海の中から、自分の価値観や世界観に基づいて情報を拾い上げ、そこに新たな意味を与え、そして多くの人と共有すること。(p. 3)

コンテンツを作ることよりも配列しコンテキストをあたえることに重点があるように思います。そして個々人の視座を提供し共有することが言われていますね。

「チェックイン」

「チェックイン」とはウェブサービス「フォースクエア」の用語で、自分の居場所を発信し、その場所に関する情報を共有するというものだそうです(p. 136)。

フェイスブックの「いいね!」ボタンは、フレンドにいいと思ったという情報が共有されるので、ブログのエントリーやウェブの記事にチェックインするようなものといえるなど、様ざまに応用可能な概念でもあると佐々木はいいます(p. 187)。

「いまみんなが観ているテレビ番組」「いま自分がいる場所」「面白そうなブログ」といった手がかりがあれば、その手がかりを軸にして情報を的確に拾い集めることができる。
 そう拡張すれば、検索エンジンの「キーワード」だってそういう手がかりだとも言える。つまり私たちは、検索エンジン上で「検索キーワード」 にチェックインして情報を集めているということなのです。
 この手がかりとは、言ってみれば情報を集めるための「視点」のようなものです。つまりどの位置、どの方角、どの視野角から情報を得るのかという視点。われわれはその視点にチェックインすることで、その視点を得て情報の海を眺め渡すことができるということなのです。

 視点「検索キーワード」 にチェックインして、そのキーワードに関連した情報を得る。
 視点「場所」にチェックインして、その場所に関する情報を得る。
 視点「みんなが観ているテレビ番組」にチェックインして、その番組についてみんなで盛り上がる。
 視点「面白そうなブログ」 にチェックインして、みんなとその話題を共有する。(p. 188)

このブログを見てくださる方の多くはすでにtwitterはてなブックマークでこうしたことをおこなっていらっしゃる方が多いのではないかと思います。ですので、この内容はきっと実感できるものではないでしょうか。

視点を得るという新しい考え方

上のようなウェブ上の行いは各人の「視座」に他の誰かがチェックインするということでもあります。ですので、ここで「視座」という言葉についても佐々木の説明を見てみましょう。

 視座とは、どのような位置と方角と価値観によってものごとを見るのかという、そのわくぐみのことです。英語で言えば、パースベクティプ。視点がどちらかといえば「ものごとを見る立ち位置」だけを意味しているのに対し、視座は立ち位置だけでなく世界観や価値観など、そこには人間にしか持ち得ない「人の考え」が含められている。
 ハフィントンポストのロケーションレイヤーを使って特定の場所にチェックインすれば、アリアナ・ハフィントンさんの視座によってその場所を見ることができるようになる。それは単なる場所という視点から世界を見るのとほ、まったく異なっています。
 場所という視点から世界を見るという行為は、立ち位置と方角と視野角を固定化している。でもアリアナさんの視座から世界を見るという行為は、アリアナさんの世界観と価値観に沿って世の中を見渡している。(p. 195)

その人なりの考え方の枠組みといったことですね。そして「視座は、人によって大きく違っています。とくにユニークな世界観を持つ人や、教養のある人、あるいほ特定分野についてきわめて詳しい専門家の視座を得ることができれば、きっと楽しいに違いない」と佐々木はいいます(p. 196)。

そしてウェブサービス上で誰かの情報やまとめにアクセスすると「アクセスした」ということが別の誰かに伝わり、情報・コンテキストの共有が起こります。

同時に、あなたがだれをフォローしているのかをあなたの友人が知り、「へー、その人をフォローすると面白そうだな」と新たにフォローすることができるようになる。つまりフォローによって、フォロー相手からの情報を得ると「情報収集」と、どの人をフォローしたのかという情報を友人たちに宣言するという二つののプロセスが行われている。
 そうして「視座へのチェックイン」という行為が成立しているわけです。
 これは先にも書いたように、いまやさまぎまなソーシャルメディア上で行われている行為です。(pp. 196-7)

情報のタコツボ化などと言われるように、「キーワードやジャンルや場所のような無機物を視点にする限り、斬新な情報はなかなか入って」きません。しかし、「他者の視座にチェックインしてその人たちの視点で世界を見ていくと、鮮やかな情報が次々と流れ込んでくる」という長所があるといえます(p. 197)。

キュレーターとは何か

このような「視座」を提供する人のことを英語圏のウェブの世界では「キュレーター」と呼ぶようになっているそうです。キュレーターが行う「視座の提供」がキュレーションというわけです。

 キュレーターというのは、日本では博物館や美術館の「学芸員」の意味で使われています。世界中にあるさまぎまな芸術作品の情報を収集し、それらを借りてくるなどして集め、それらに一貫した何らかの意味を与えて、企画展としてなり立たせる仕事。〔……中略……〕
 これは情報のノイズの海からあるコンテキストに沿って情報を拾い上げ、クチコミのようにしてソーシャルメディア上で流通させるような行いと、非常に通底している。だからキュレーターということばは美術展の枠からはみ出て、いまや情報を司る存在という意味にも使われるようになって来ているのです。(p. 210-1)

さまざまな(断片的な)情報を集めて再構成して提示するというと、松岡正剛がいう「編集」と似てくるところがあります。両者の違いについては佐々木がtwitterで発言しています。

コンテンツ発信サイドと消費者サイドでどのように違うのかについてはこのツイートからだけではわかりませんね。私なりに想像すると、キュレーションはコンテンツそのものを配列することに加え、コンテキストを付け加えることを重視し、それを共有するというのがポイントでしょう。

対して編集はというと、要約やパラフレーズといった元コンテンツの変形をおこない、それによってあらたなコンテンツ自体を再生産することも含まれるのではないかと思います。

まとめ

ひと通り見た所でもう一度定義を見てみましょう

無数の情報の海の中から、自分の価値観や世界観に基づいて情報を拾い上げ、そこに新たな意味を与え、そして多くの人と共有すること。

WEB時代において発信される情報の量は莫大なものになっているので、玉石を分けるなんらかの方法が必要になっています。そこではそれぞれ違う立場、違う経験、違う視座を持った人による情報のピックアップを頼りにする――視座にチェックインする――ことが有効です。そして情報を提供する際にはあらたなコンテキストの付与を行うのがポイントになってくる。およそこういうところでしょうか。

私に身近な所で言うとボカロ系曲の紹介において大変参考になるといえるでしょう。

ウェブ上で見られるボカロ曲のおすすめのまとめなどを見ると、残念ながら佐々木の言うようなコンテキストが欠けている場合が多いように感じます。たとえば、

  1. どういった立場の人が、
  2. どういったコンセプトで選んだか、
  3. どういうジャンルの曲であるか、
  4. どういうところに感動したか・気持いいと思ったか、
  5. どういう所で・どういった理由で流行っているか、

などのコンテキストが選曲リストに示されていると、選者のことを全く知らなくても曲に興味が湧いてクリックしやすいのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

あと私が本ブログで今年行ったレヴューではかならず動画に付いているタグをコピペするようにしていました。これも一つの重要なコンテキストになり得ますよね。ジャンルが分かる場合もあるし、あまり伸びてないけど良曲であれば「もっと評価されるべき」とか「そっと評価されるべき」などがついているかもしれません。

有名Pであれば、「その人が選んだ」というだけでも十分なコンテキストになるのですが、知名度がない場合は色々工夫しないとですよね。私もがんばりますw