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Sound, Language, and Human

高橋健太郎 『ポップミュージックのゆくえ ―― 音楽の未来に蘇るもの』

本書は、twitterやtogetterでもおなじみの音楽評論家、高橋健太郎が1991年時点での「これからのポップミュージックに対して持っているビジョンを表現することに重きを置いて」(あとがき、p. 216)書き下ろしたした評論集を2010年にアルテスパブリッシングが再販したものです。

ポップミュージックのゆくえ 音楽の未来に蘇るもの

ポップミュージックのゆくえ 音楽の未来に蘇るもの

ハウスやテクノといった言葉がまだ新しく、ノートPCもネットもない時代に書かれたものとは思えないくらいの今日的な視点を含んでいて驚きました。

書名からはうかがい知ることができませんが、本書のサブ・テーマはおそらくポップ・ミュージックに広く潜在/遍在するアフロ・カリビアン音楽の要素を描き出すことだと思います。

関係するトピックや言及を箇条書きでピックアップしておきます。

  • ポスト・パンク/ニューウェーブの背後にはジャマイカからの移民たちの音楽であるレゲエ・ダブがある
  • ヒップホップの創始者の一人であるDJクール・ハークがジャマイカ出身でありヒップホップにもダブのサウンドや手法が影響している(p. 067-9)
  • 59年のキューバ革命以前はジャマイカとキューバのあいだには人の行き来も多かったらしく、「スカの成立以前はジャマイカも大きな意味でのラテン音楽圏に属していたと言えそうだ」(p. 092)
  • ブーガルーが志したリズム&ブルースとラテンのクロスオーヴァーは、GO-GOにも共通しているテーマなのだ。さらには、現在のヒッピホップやハウスが黒人ばかりでなく、プエルトリカンの若者も巻き込んだムーブメントであることを考えれば、ブーガルーが八十年代の終わりに再評価された必然性もくっきりしてくるだろう」
  • ザイールやコンゴのスークース(リンガラ)はキューバ音楽の影響を受けた音楽である。(p. 166)
  • ニュージャックスイングのクオンタイズされた16分三連のハネはアフリカンな6/8の表れではないか(p. 180-5)
  • ハウスミュージックにはラテンの要素が濃い。その源流のひとつ「ガレージサウンド」には「七十年代のサルソウルレーベルのディスコサウンドが多く含まれていた」(p. 211)。とりわけ「ニューヨークのハウス・シーンではラテン系の人材が数多く活躍し、もはやブラックミュージックとは呼びがたいほどの状況になっている(p. 212)

ほかにも一項たっぷりかけて6/8のアフリカンポリリズムとラテン音楽のリズムがポピュラー音楽に与えている影響について、譜面なども交えながら詳細に論じています(p. 143-185)。

著者の見方には、ルンバやアフロ系宗教(サンテリアやカンドンブレ)の音楽を見落としていること*1、また時代的なものもあってか、音楽の差を民族の違いに帰してしまう文化本質主義的な理解が目立つことなどの欠点もありました。しかし、こうした影響の強さは私自身が聞いてきた音楽や演奏してきた経験からもうなづけるところです。

早くはルイ・アームストロングのフレージングに倍テンポや三連のポリリズムが聞こえますし、チャーリー・パーカーをはじめとしたビバップのフレージングはいうまでもありません。

特にリズム&ブルースやロックンロールにおいてみられるストレートな八分音符とスイングした八分音符の共存/混在は、アフリカンな6/8の発露なんではないかという気がするのですがどうでしょうか。

その他ラテンリズムと北米音楽との関係については大和田俊之『アメリカ音楽史』(3)のエントリでも論じました。

直接的な人材の交流やレコードを通した模倣による音楽スタイルへの影響とともに、「ラテン」や「アフリカ」といった文化へのイメージ・表象からくる影響なども興味深いところです*2

そういえば、ファンクリズム成立へのニューオリンズ/ラテンリズムの影響を論じた、アレキサンダースチュワートの「ファンキードラマー」という論文を読もうと思っていまだ果たせず……そのうち読みたいとおもいます*3

大和田俊之『アメリカ音楽史』の第11章でも示されているように、こうした見方は現在のポピュラー音楽研究で重要視されるようになってきているところのものです。

本書が90年代初頭に出ていることを考えると、ある意味オーパーツのようにも思えてきますね。またこれを見逃さずに再出版したアルテスパブリッシングさんにはさすがのGJに脱帽せざるを得ません。

*1:著者さんご本人からコメントを頂きました。「サンテリア、カンドンブレ、ブードゥーなどは、この時点で視野には入っていて、他では言及してたかと」とのこと。http://twitter.com/kentarotakahash/status/148085082505216000

*2:たとえば、「コールアンドレスポンスはアフリカ的なリズム形式だ」という、一面の事実ではあるもののある面ではステレオタイプ的な言説から、アフリカ回帰的な表現としてそのリズムが採用されていったということもあるのではないか……というような。ex.アート・ブレイキー&ザ・ジャズメッセンジャーズの「モーニン」とか。

*3:Stewart, Alexader. 2000 “‘Funky Drummer’: New Orleans, James Brown, and the Rhythmic Transformation of American Popular Music.”Popular Music vol.19, No.3, pp.293-318.