情報技術に注目した批評で活躍する濱野智史の、いまのところの主著といっていいでしょう。
ネットやウェブサービスを単なるメディアとみるのではなく、「情報技術(IT)によって設計・構築された人々の行動を制御する『アーキテクチャ』」(p.14)としてとらえ、それらウェブサービス同士が「生存競争」を繰り広げ、いわば「生態系」をなしている様子を、特に2000年代中〜後半に重点をおいて描いています。
アーキテクチャという概念とウェブ
アーキテクチャという概念はローレンス・レッシグに発し、東浩紀によってフーコーやドゥルーズと結びつけながら「環境管理型権力」というように概念化されています(p.16)。
酒を飲んでいるとエンジンがかからない車、椅子を固くし冷房を過剰にかけることで居心地を悪くし客の回転率を上げるファストフード店、コピーコントロールCDなどが例に挙げられ、環境的にできることできないことを決めてしまうことによって人の行動が左右されることが指摘されています。
ウェブでも同じようなことが当然起こるわけです。グーグルは性格な検索結果を返すことで人気を集め、ブログはそのグーグルの検索結果に引っかかりやすい構造を取ることで利用者を増やしました(第2章)。
2ちゃんねるは匿名であることで「都市」のように誰もがいつでも出入りでき、コミュニティとして過剰に古参が有利にならない構造になっています。と同時に特有のスラングを使うこと(のみ)によって、簡単に「2ちゃんねる」文化の一員となることができるため、利用者は帰属心をもつようになっているといいます(第3章)。
真正同期・選択同期・擬似同期
あまりに有名なのでここでは詳述しませんが、私たちニコニコ動画ユーザー、twtterユーザーとかかわりが深いのは「擬似同期」「選択同期」の議論でしょう(第6章)。
「擬似同期」によるいつでも祭り状態は私達には馴染み深いですね。しかし現在のニコ生の興隆はどのようにとらえられるでしょうか。わたしの身の回りでは動画ユーザーのコミュニティ活動のひとつというか、より興隆を深めるためにニコ生が活用されているという印象ですが。ニコ生を中心として使っている人とはまた違うかもしれませんね。
twitterでも本書では選択同期が重要視されていますが、いまではアニメの「実況」などにおける「真正同期」感の方がウェイトが大きくなっているような気もします。もちろんある程度時間がたってからリプライしたりという「選択同期」のゆるさも消えてはいませんけれども。
また最近ではUstreamも台頭してきていますよね。こういう成功した「真正同期」とあまり成功しなかったものとどう違うかなども興味深いです*1。
N次創作とコラボ
ボカロに関しては、コンテンツという主観的にしか評価しづらくコラボが発生しにくいものを、コメントやマイリス数などの「客観的」な*2基準で評価可能にするというニコニコ動画のアーキテクチャ的特性が、オープンソース的なN次創作の連鎖に大きく関わっていると濱野は論じています。
この点についてはシュールレアリスムを正しく理解するPも次のように語っています。
格の上下というとアレだけど、品質または話題性の高いものから見ていくという見方ができなければ、つまりライトユーザでもそのコミュニティの共通理解に参加することができなければ、コミュニティの形成は多分できない。それが多分ニコニコ動画とYouTubeの違いだろう。
2010-06-21 03:57:51 via web
こういうシステム・アーキテクチャ上の要因に加え、受身一方ではどうももうしわけないといった「返報性の原理」みたいなものが心理的に働くことがあるのもユーザーの発言から聞こえてきます*3。
他にも、オープンソースに関する文化的な議論で、「無償で社会・コミュニティに奉仕することの方が、対価を得ることよりも人は喜にを得られるものである」というようなことも聞きます。こうした文化人類学的なパースペクティブと組み合わせて理解していくことが現代のウェブ理解に必要かもしれないと思います。
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余談的になってしまいますが、ケータイ小説は普通の文学のような自然主義的なリアリズムではなく、ケータイをどう判断し操作するかということにリアリティがあるんだとする濱野の解釈*4は、いままで読んだケータイ小説論のなかでもっとも説得力があるように感じました。
それからニコニコ動画でいえば、ランキング工作対策や「御三家」の殿堂入りカテゴリへの分離というか隔離、最近いわれている「ニコニコ動画が音圧正規化をするといいなーという話 - Togetter」なんかもアーキテクチャの問題ですよね。運営のさじ加減ひとつでかなり行動を左右されてしまうわけですが、それとユーザーがどう関わっていくかというのも権力論や文化論として、またユーザーとしての実際の利害と関わって重要なポイントですね。
以上のように、現在のウェブの状況を作っているものをクリアーに理論化しているという点で、本書はネット文化教養として古典的な価値があるといえるでしょう。
- 作者: 濱野智史
- 出版社/メーカー: エヌティティ出版
- 発売日: 2008/10/27
- メディア: 単行本
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