スタジオ・ハードデラックス編 2011 『ボーカロイド現象 ―― 新世紀コンテンツ産業の未来モデル』 PHP研究所
SFマガジン・ミク特集に続いて、『Vocalo Critique Pilot』における文献ガイドの補足・その二、を試みたいと思います。
- 作者: スタジオ・ハードデラックス
- 出版社/メーカー: PHP研究所
- 発売日: 2011/03/17
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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本書はVocaloidが産み出した「新たな音楽ビジネスの潮流と。音楽産業に提示した可能性について考察したビジネス書である」(p. 012)とうたわれていて、『Pilot』でも示したとおり、初音ミク発売の2007年から2010年までくらいにかけてのVocaloidムーブメントを(音楽産業の)ビジネスマンに向けた視点からまとめた一冊といえます。
中高生のボカロファンが、親御さんにボカロを説明する必要が出た時など、本書を読ませてあげると話が通じやすいかもしれませんw
内容の概観については「初音ミクみく」さんが目次をまとめてくださっていますので参考にされるといいでしょう(“「ボーカロイド現象」の目次をピックアップ”)。
なお、本書の本文はスタジオ・ハードデラックス代表取締役社長・高橋信之によるものです。
編集方針
ボーカロイドのムーブメントをインターネットを介したユーザーのコミュニティによる自発的・相互扶助的な創作に支えられたものと捉えているのは正しく、ニコニコユーザーの実感としても評価できます。
そして、そうした(キャラクターを中心とした)コミュニティ発の音楽というものが音楽業界の人々の従来の思考枠組みを超えてしまっているため、彼/女らはその可能性を捉えることが出来ていないと指摘しています*1。
しかしながら、ボーカロイド・ムーブメントがいわば「手づくり」なものであることを示しつつ、コミュニティ外の産業と結びつけてしまうのは若干違和感がありました。衰退しつつある音楽産業の収益増加のよすがとしてオタク向けコンテンツや音源以外の物販や海外進出が想定されていることそれ自体は間違いではないのですが。
もっといえば、音楽産業とレコード産業、および音楽産業と音楽文化という実際には別個のものを同一視する傾向が(編集側だけでなくインタビューに答える側にも)見受けられたように思います。
本書の編集者は音楽産業が衰退しつつあるという認識に立っているようですが、烏賀陽弘道もいうように*2JASRACの著作権収入徴収額は頭打ちとはいえそこまで減っていません*3。レコード産業は確かに厳しいのかもしれませんが、音楽産業全体としては必ずしもそうではないといえるでしょう。
また、アマチュア・バンド、学校のブラスバンドや軽音楽部、地域の太鼓保存会など、産業になっていない音楽文化はいくらもあり、そうしたものがすぐに衰退してしまうとは考えにくいです。
プロフェッショナルな音楽家というものがまったく成立しなくなると、レベルのピークが下がることはあるかもしれません。その点についてもプロフェッショナルであること=音楽産業で音源その他を(大規模に)売ることとはまた違いうるはずです。どういった形態を取りうるかについてこれといった「正解」がないので、ミュージシャンにとって大変な時代ではあると思います。
ライブのウェブ配信について
EXIT TUNES社の池田俊貴は、チケットに関するウェブ配信のメリットについて次のようにいっています。
いままでのライブってどこの会場も費用やキャパシティは決まっていますから、チケット代を安くしたくてもそれらの制限があるために一定以上の値段にしかできない、という面があったと思うんですね。〔中略〕〔ミクFES '09 (夏) のウェブチケットによるライブ配信は〕その限界値を取り払った、という意味で非常に画期的だと思います。(p. 156)
ライブの本質を一回的な時間・体験の共有であるとするなら、空間的な限界を拡張するネットを使った配信も不自然なものではないといえるでしょう。
またネットと現実の空間との相乗効果というものもあるようです。AHSの尾形社長は次のようにいっています。
2010年10月に行なわれたショパン国際コンクールでは今年から全てのステージ映像がリアルタイムでインターネット中継されたんですよ。これによってさらに集客が増したと聞いています。(p. 220)
このことから、プロ野球がテレビ放送される前、テレビで流すと球場に来る数が減るのではないかと危惧されていたけれど、始まってみるとむしろ放送によってファンが増え、来場数も増えたという話を思い出します。
ボカロの開発が目指す方向
「ボカロは人の声の代替なのか」など、本物の人の声とボカロの声との関係は何度も議論されてきました。それに関係したヤマハの剣持秀紀氏の発言がありました。
ボーカロイドは将来的にシンセサイザーの過去の遍歴で起こったことをなぞっていくんだと思います。1960年頃に登場したシンセサイザーが成長していく過程には“従来型音色への思い入れ”と“電子楽器ならではの新しい歴史”という二つの要素があったんですよね。恐らくボーカロイドも今後発展していく上で、この両方の要素が含まれていくと思うんです。(p. 044)
「“従来型音色”というのは既存の楽器にどれだけ近づけるか、ということ」であり、「“電子楽器”は新しい音色の発見と開発」であるとのこと。いいかえると「人の声に近づける」方向と「ボカロならでは」の方向、ということになるでしょう。
またインターネット社の村上社長も「人の声に近づけるだけが道ではないと思います」と述べています(p. 213)。
『Vocalo Critique Pilot』で合成音声ならではの歌の楽しさについて論じたものとしては嬉しい発言ですね。特異な人格と結びついたり、はたまた非人称的な受け取られ方をしたりする合成音声による歌が、さらなる技術的な変化とともにどう移ろっていくかも興味が尽きないところです。
パートナーとしてのレコード会社
従来の音源制作、宣伝、流通といったことが個人でまかなえるようになりつつあるなか、レコード会社などの役割もかわりつつあるようです。
LOIDレーベルマネージャー村上裕作は「〔レコードレーベルに〕本当に、一番、求められていることを一言で表すと、“家族のような役割”だと思いますよ」と語り、クリエイター同士では話しにくいことを聞くなどアーティストに寄り添うことが大切であるとしています(p.170)。
奇しくも、AHS尾形社長も次のようにいっています。
今までの出版社の役割としては、本やCDを作って販売と宣伝をして……と全てをケアしていたと思いますが、パッケージ自体がなくなってしまう流れなので、これからは優れた作家さんをプロモーションする、という方向に集中していくのではないかな、と。(p. 223)
なんだかアイマスみたい、といってしまうと冗談のようですが、一緒に進んでくれる誰かがいてこそ前にすすめる、というのは人として自然なことかもしれませんね。
カラオケ
カラオケ大手ニ社の中の人へのインタビューが、いままでなかなか聞いたことのない内容で面白かったです。箇条書きで特筆すべきトピックを上げておきます。
JOYSOUND・小林拓人氏
- リアルタイムリクエストに同人系の曲が多く来るのは想定外だった(p. 181)
- ボカロPからMIDIデータを貰うこともあるが基本的に打ち込み直す(p. 182-3)
- 公共的に使っていい歌詞かどうかは「両親の前で歌えるか」が判断基準の一つ(p. 185)
第一興商(DAM)・松下智氏
その他のトピック
CDとダウンロード音源の対比について
「触れる」というCDの特性について本文で面白いことが言われていました。
人間は手で触れることで対象物に愛着を感じる心理作用を持つ。〔中略〕 すべての商品セールスの基本は、触らせることである。アメリカのセールスマンの顧客対応テクニックは「ウォッチ、タッチ、リッスン、リード」の順番だと言われ、「見る・触る・聴く・読む」の順番が顧客に商品の魅力を伝えるのに効果的な順番だというのだ。/ネット販売ではこのうちのタッチがカバーできない。(p. 024)
なぜクリプトンのボカロはアーツビジョン声優だったか
→クリプトン広報担当・クリ☆ケンによると「他の事務所さんと契約条件(更新条件など)が合わなかったため」だそう(p. 207)。