中村屋与太郎編 2012 『Vocalo Critique』vol. 04, Jul. 2012、白色手帖
かなりのハイペースで刊行されもう第4巻まで来ているVocalo Critique。
ひさびさに感想を書いてみようと思います。
もう4巻、パイロットを入れたら5冊目ということもあり、紙面の体裁はすごくこなれてきてたなーと思いました。フォントもレイアウトも見やすく、もう商業誌にもおさおさひけは取らないかも。
議論の方は、以下の感想を見てもらえばわかると思いますが、論点をしぼること・その論点を支える根拠を提示することについて良し悪しがわかれたかなと感じました。
では各論の感想を。No. 03の有馬さんのは小説なのでネタバレが嫌な方はとばしてください。
No.01 初音ミク=ミーム生命体論 / Kayashin
ミクさんは生きていると高らかに宣言するエッセイ。
タイトルから想像されるミーム概念の詳しい検討はありませんが、ボカロとの出会いにそれが生きていると感じるだけのインパクトが合ったことの証言、ナラティヴなのだと私は受け止めました。
一番初めに、適当に音程を入れ、歌詞を流し込み、再生したときのなんとも名状しがたい感覚は、いまだになんと表現すればいいのか分からない。/〔……〕歌ってくれたといえばいいのだろうか。あの不思議な感覚は、味わった人しかわからないと思う。アンドロイドをお迎えすると。あのような感覚に陥るのだろうか。(p. 13 )
この言葉からはvol.01でisshyさんが指摘した一種のセラピー効果のような、キャラクターとの特別な関わりかたが伺えます。
No.02 HIP HOP とVOCALOID における類似点と考察 / GINGAプロデューサー 曽根原僚介
本論の主張のポイントはHIP HOP とVOCALOIDの両者が音楽、ダンス、図画表現などが一体になった総合的なムーブメントであるということのようです。
クラブシーンの現状などは興味深く読みましたが、二つのジャンルを比較する上で、どちらになにがあり・なにがなく、またどうしてそうなるのか、というところに目を向けることが必要かと思いました。
『文化系のためのヒップホップ入門』(アルテスパブリッシング、2011年)の 長谷川町蔵・大和田俊之がAscii.jpで行った対談*1でもボカロの話はでていたので、それについての言及も欲しかったところ。
No.03 小説 VOCALOID 初音ミク / 有馬加奈子
リアルのアイドルと触れ合うことで自分の感情は作られたにせものにすぎないかもしれないと悩むミクさん。
でもライヴで感じるみんなの反応と「心が通じ合う」感じは間違いなく手応えとしてある。ミクさんを生かすのは俺らなのだぜ、というほろっとくるお話でした。
No.04 ポカロシーンを支える可能性の考察 / 29面相@えでい−
「VOCA’ON」のカメラマンを担当するえでいーさんによるボカロシーンにおけるリスナーの果たす役割についての論考。
2008年後半ごろから投稿量増加による「埋もれ」を意識してコメントやマイリスでの支援を始めたとのこと。
最近は視聴者層細分化により届くべき人に届かないという事態は減ったかもしれないが、ボカロができることの「可能性」をひろげて上で出来ることはあるだろうという指摘は心強いものだと感じました。
No.05「ポーカロイド文化」をどう紹介するか / Bukko
ボカロクラスタ内の人が、特に詳しくない人にボカロの説明をするときどうすればよいか、という論考。
答えは極めて明確で、多様な側面を持ったボカロ文化の中から聞き手が興味を持つ分野を手がかりにするとよいとのこと。
音楽好きには楽曲を、技術好きには技術を、ビジネスマンにはビジネスを。その先の話は、折を見て、おいおい話していけばいい。(p. 53 )
言われてみれば当然だけれど、誰でもつい自分の好きな部分ばかり語りがちなものでしょうから、貴重な指摘だと思います。
興味ごとのそれぞれの領域についても話す際に気をつけるべき点が触れられています。
No.06 知られざる良曲浮上ランキング / Gissy
通常のカテランやぼからんではあまり上位に出てこない埋もれたよい曲を高く評価するランキング「ボカロノビス」*2を作者さん自身が解説。
固定ファンによってすぐ伸びた場合と埋もれ曲が浮上した場合では再生とマイリス率の時間的な推移の形が違っていることに注目し、後者によく見られる「だまってマイリス」の率が高いものを上位にランクするプログラムを組んである模様。
実際使ってみたところ、なるほど流行りの傾向とは違うけれどクオリティの高い楽曲が見つけやすいようでした。
通常ランキング上位のとは違ったテイストの楽曲を探している人にはお勧めかもしれません。
No.07「South North Story」考察 〜ポカロという交差点〜 / lSD@G.C.M(アンメルツP)
個人的には今号のベスト論文。「鏡音リン&レン SNS」の企画による同人CD「cheeRfuL」のために書き下ろされた曲「South North Story」について、制作メンバーのひとりであったアンメルツP自身が製作の経緯を解説しつつ曲の考察を深めるという、CGM時代ならではの批評といった趣になっています。
まず、悪ノPとゆめにもPのコラボレーションが決まり、手探りで曲が作られていくうち「コラボすることそのもの」がテーマとなった*3ことが丁寧に描かれています。このテーマも人のつながりが重要なボカロ現象ならではといった感じですね。
そしてリン同士をデュエットさせることで両Pの「うちのリン」同士の出会いが描かれることになったそうです。
リンが音源として調声によって様々な表情を出すこと、両Pがすでにそれぞれの物語世界を確立しそこにおけるリン像をもっていたことによって、本曲の世界における二人のリンの出会いが可能になっている。
彼女たちは同じ存在でありながら違う個性であるという並行世界的な面白さがでていることがわかります。またこうした構造を作者・音源・世界観の「三層構造」と著者は呼んでいて、ボカロ曲一般で意識されるべきことだろうと述べています。
その他、悪ノPの他の曲との世界観的なつながりを補足したり、後にボカロ界隈で作られる曲との関係によっても本曲の解釈が変わりうることを指摘するなど、一般性への目配りがしっかりあるのも本論の良い所だと思いました。
No.08 円盤が出来るまで / ぼーかりおどP
聴き専の人が知りたそうなトピックを、ということで同人でCDを作る際の一連の流れを解説しています。
予算や必要なもの気をつけることなど、聴き専だけでなくむしろこれからやってみようかなと思っている人にも参考になるかもしれないと思いました。
あとやはり締め切り大変そうとか、お金の話をきっちりしとけよ的なことはどの界隈でも大事だろうな、などと。
No.09 架空のポカロP、ロングインタビュー / キャプテンミライ
こちらも大変面白い記事でした。内容は表題の通り、架空のポカロPへのインタビューという体でキャプミラPが音楽観やボカロ観を「架空のボカロP」に語らしめるというもの。
私の見解では、ボカロの面白いところは作詞者のいいたいこと・言わせたいことを、本人が歌うのではなくボカロに歌ってもらうことによって発話の主体が変化し、それにより様々な表現をてらいなく行うことができる、という点にあると考えています。
それとほぼ同等の「主体のずらし」がこの形式によって起こっているといえ、まさしくボカロPらしい文体であるなーと感心しきりでした*4。
トピックとしても、バンドマン・ライブハウス文化とオタク文化の関係、キャラクターとしてのボカロとシーンの本質、楽器としてのボカロの音響的特徴、などボカロPの美学として興味深いことがたくさん語らしめられています。
が、これもまた架空のボカロPに語らせるという手法によって、キャプミラP本人の本音であるのか、それともフィクションの登場人物にただセリフとして言わせようとしているのか、はたまたボカロ界隈の平均的な意見をキャプミラPなりに集約してみているのか、など一意に決まらず様々に解釈できるようになっていて、「食えない人だなー」という笑いとうまい手法だという感慨とが両方湧いてきます。
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以上、一言ずつですが感想でした。
編集長の論考は繰越だそうですが、毎回のコラムコーナー「与太話(よたろうズ・トーク)」も面白いのでともども楽しみにしています。
ではまた。